第28話 クラッカー

「ミラって、あのミラ? なんでミラが?」

 予想外すぎて、いまいちピンと来ないんだけど……。っていうか、あり得なくない?


「ミラさんはエリートなのです! コールドスリープの解凍に依頼が必要なことぐらい、私と違ってすぐに気がつくはずなのです! それなのに、今の今まで何も言わないのはおかしいのです!」

「えぇー、ミラってエリートだったんだ! でもさ、いくらエリートでも忘れることぐらいあるんじゃない? そもそも、ムーン・ヘルの中からそんな依頼できるの?」

「ご本人から聞いていなかったのですか? あの人は、教科書に出てくるぐらい有名な凄腕のクラッカーなのです!」

「クラッカー?」

 それってあれ? パーティーで人をおどかすのに使うやつ?


「なんですか、その悪趣味な使い方は。そのクラッカーじゃないのです! あえて昔風の言い方をすると、ハッカーなのです!」

 厳密に言うと違うのですけどね、とスモモちゃんは付け加えた。


「ハッカー? ミラってハッカーだったの?」

「うにゅ、正確にはクラッカーなのです! 今の時代、終身刑になるほどの重罪はクラッキングだけなのです!」

「え!? それだけで終身刑になっちゃうの!?」

「はい、システムへの不正アクセスは、ばれたら一発で終身刑なのです!」

「マジか」

 ずっと聞きそびれていたミラの過去が唐突に明らかになったわけだけど……え? 殺人よりもハッキングの方が重い罪ってこと? どんな凶悪犯なのかと思ってたから、なんか拍子抜けなんだけど。


「サクさんの時代とは、クラッキングの危険度が全然違うのです! 自動復元用のデータを消去すれば人を文字通り抹殺できますし、食料の生産を止めれば世界を滅ぼすことだって可能なのです!」

「ああ、そっかぁ!」

 確かに言われてみれば、システムへの依存度が全然違うもんね。二十一世紀でもそれなりに依存はしてたけど、この時代と比べたら雲泥の差だ。


 もちろん、そういう不正が起きないように厳重に監視してるんだろうけど、監視する側の人間がその気になれば不可能じゃないってことか。


「普通は誰もそんなことしないのですけどね。するメリットがないのです!」

「だよねぇ。この時代でそんなことしても、何も得るものがないもんね」

 この時代には盗むお金もないし、世界を滅ぼしたってしょうがないし。強いて考えられる動機といえば、恨みを晴らす的なやつかな? 単なる愉快犯で終身刑じゃ、割に合わなすぎる。


「それで、具体的にミラって何したの?」

「ムーン・ヘルの管理システムに侵入したらしいのです!」

 ん……?


「えっと、それってミラがムーン・ヘルに入る前の話だよね?」

「そうなのです!」

「つまりミラは、ムーン・ヘルのシステムに侵入した結果、ムーン・ヘルに入れられたってこと?」

「そうなのです!」

「何それ、意味わかんないんだけど」

 ミイラ取りがミイラになった的なやつ? ミラだけに? いや、ちょっと違うか。それにしても、ようやくミラの過去が明らかになったと思ったら、ますます謎になっちゃったよ。


 そもそも、ムーン・ヘルのシステムに侵入する動機からして謎だしね。何をしようとしたんだろ?


「うにゅー、私が人類史の授業で聞いたのはここまでなのです! これ以上は、ご本人に聞くしかないのです!」

「うーん、今さら聞きづらいなぁ……」

「そうですね、サクさんがミラさんの過去を知ったことは迂闊に明かさない方がいいかもしれないのです! 意図して隠していた可能性もあるのです!」

「んー、別に隠してたって感じじゃなさそうなんだけどねぇ……。単にあたしが聞きそびれてただけで」

 学校で習うぐらい有名な話ってことは、スモモちゃんやクレアちゃんに聞けばすぐ分かっちゃうわけだしね。


 それに、あたしが千年前から来たと分かった時のびっくりした様子が演技とは思えないんだよねぇ……。まあ、女優並みの演技力を持ってる可能性もゼロじゃないけどさ。なんせ、名前がミラ・ジョボビッチだし。


「っていうかさ、いくら凄腕のハッカーだからって、刑務所の中から外部にアクセスできるもんなの?」

「だってミラさん、ずっとPDを見ているのです! 機能が制限された囚人用のPDで何をそんなに見るものがあるのですか? あれは絶対、不正に改造したPDでいろんなサイトを見ているのです!」

「マジか! 確かに、いつも何見てるんだろうとは思ってたけどさ。そんなことして、看守にばれないもんなの?」

 それ以前に、あのPDのどこをどう素手でいじったらそんな改造ができるのか不思議なんだけど! ルパンかよ!


「ばれてはいると思うのです! でも、どうせ現状の終身刑よりも重い刑はありませんし、何か実害を及ぼさない限り黙認されているのではないでしょうか? 当然、監視はされていると思うのです!」

「そういうもんなんだ……。っていうか、この話って別に確証があるわけじゃないんだよね?」

「うにゅ。解凍依頼を出したのがミラさんかもしれないという話は推測の域を出ませんが、ミラさんがいろんなサイトを自由に閲覧していることは間違いないのです!」

「そうなんだ……。ってことはさ、もしミラが味方だったら、鴨葱が見つけられなかった情報を探してくれるかな?」

 ハッカーなら、鴨葱の権限では閲覧できない情報にもアクセスできるよね? だったら、最初からミラに頼んだ方がよっぽど楽だったんだけど……。


「できると思いますし、もしあるのなら既に見つけている可能性もありそうですが、頼むのはミラさんが敵か味方か見極めてからの方がいいのです! そもそも違法行為なので、どのみち最後の手段なのです!」

「そっかぁ」

「とりあえず、来月の面談で鴨葱さんに相談して、サクさんの解凍を依頼したのが誰なのか調べてもらうのです! それが分かるまでは、ミラさんとはこれまで通り接するのです!」

「うん……」

 でもさ、こんな話を聞いた後にこれまで通り接するのって、地味に難しいよねぇ。なんか、ミラを見る目が変わっちゃったよ……。


 ふと気がつくと、夕焼け模様だった空はだいぶ紺色に染まりつつあった。淡いベージュ色の照明が園内を柔らかく照らしている。ムーン・ヘルでも思ったけど、この時代の照明って眩しさがなくて目に優しいよね。LEDとは全然違う。


 そんなどうでもいいことを考えていると——


「ところで、サクさん!」

「うん?」

「まだ、お返事を頂けていないのです!」

「ふおぉ!」

 また、随分唐突に話を戻してきたね……。

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