第24話 人間の存在意義

「さっきから思ってたんだけどさ、この時代の建物って、大きさは意外と普通だよね。もっと、雲まで届くような超高層ビルがいっぱい建ってるのかと思ってたよ」


 あたしは、スモモちゃんが住んでいたというクリーム色のマンションを見上げながらそう言った。窓がないから正確な階数は分かんないけど、多分、十階建てぐらいかな? これまでに見てきた他の建物も大体これぐらいの大きさだった。よく知らないけど、二十一世紀の横浜ってもっと高い建物あったよね?


「それはですね、会社も農場もなくなったので、今の時代は土地にかなり余裕があるのです! なので、わざわざ建物を高くする必要性がないのです!」

「ああ、そっかぁー!」

「そうなのです!」


 そうだった。それにしても、なんかすごい世界だよね。食料も含めたあらゆるものが自動生産されるようになった、人が働かなくてもいい世界。唯一の例外はごく一部のエリート層だけど、彼らも十年ぐらい働いたら退職するらしい。中には、好きで働き続ける人もいるみたいだけどね。


 最初その話を聞いたときは、全部AIに任せちゃえばいいじゃんって思ったんだけど、そんな単純な話でもないみたいで、AIを維持・管理したりAIの判断を最終承認したりできる優秀な人間が必要とのことだ。


「その権限や能力を手放したら、コンピューターが人間を支配することになっちまうだろ? 人間はあくまでもコンピューターを使う側じゃなきゃいけねぇんだ。じゃないと、人間の存在意義がなくなっちまう」

 ミラがそんな感じのことを言っていた。確かに、映画みたいにAIが人間に歯向かってきたらって考えると、AIの上に立てる人間は必要かもね。


 あとは、人間の感情を考慮した機微な判断が必要な職業も、昔と同じように人間が担っているらしい。例えば、弁護士。正直、あの不良弁護士よりもアンドロイド看守の方がよっぽど人の気持ちを理解してそうに見えるけどね。


「ではでは、こんな所に長居する理由もないので、そろそろ出発するのです! この先にある、お気に入りの公園に行くのです!」

「あ、うん! ちなみに、スモモちゃんのご両親って今もここに住んでるの?」

 再びスモモちゃんに手を引っ張られながら、あたしは何の気なしにそんなことを聞いてみた。


「いえ、もう二人とも亡くなっているのです! 私に殺されたことにショックを受けて精神を病んでしまい、自殺してしまったのです!」

「え、ごめん! 変なこと聞いちゃった……」

 うわ、しまった! よく考えたら無神経すぎたよね……。


「大丈夫なのです! 実は私も二人の死をずっと気に病んでいたのですが、二カ月前のサクさんたちとの会話でようやく自覚できたのです! 私、あの二人のことが大嫌いだったのです! それに気づいてからは、出所してもあの二人に会わずにすむって前向きに思えるようになったのです!」

「えっと、それは……よかった……のかな?」

 これだけ聞くと倫理的にどうかと思うけど、スモモちゃんが二人にされてきたことを考えると一概にダメとは言えないよね。笑顔であっけらかんと話すスモモちゃんを見る限り、スモモちゃんにとってはこれが一番よかったのかな?


「よかったと思うのです! 仮に再会できたとしても、どのみち和解は無理だったと思うのです! 人を無自覚に散々傷つけた挙句、その結果にショックを受けるなんて、最後まで勝手な人たちですよね。サクさんたちのおかげで、それに気づくことができたのです!」

「まあ、あのとき話したのは主にクレアちゃんとミラだけどね……」

 それに多分、目をそらしてただけで、スモモちゃん自身でもほとんど気づいてたんじゃないかと思うけどね。あたしたちは最後の一押しをしただけで。


「でもとにかく、いきなり変なこと聞いちゃってごめんね!」

「大丈夫なのです! わざわざ話す必要もないと思っていただけで、別に秘密でもなんでもないのです!」

 まあ、スモモちゃんのご両親もご両親で、同情できる部分もあるんだけどね。


「あれ!? そういえば自殺ってできるの!? 死んでも復元されちゃうんじゃないの!?」

「うにゅ? サクさんは今でも自殺したいのですか?」

「いや、今は別に、死にたいとは思ってないよ」

 そもそも、自分が自殺しようとした理由を思い出せてないしね。まあ、思い出したときにどうなるかは自分でも分かんないけどさ……。


「うにゅー。私としては、サクさんには死んでほしくないのです! でも、どうせいつかは知ることになるので、不本意なぎゃら説明するのです! 不本意ながら説明するのです! 大事なことだから二回言ったのです!」

「それ、この時代でも言うんだね」

 っていうか、噛んだから言い直しただけでしょ……。


「大事なことを二回言うのは会話の基本なのです! それより自殺の話ですが、PDの設定画面で自動復元をオフにできるのです! もちろん、何かのミスやいたずらでオフにならないように、何重にも安全策がとられているのです! それに、短時間ですぐオンに戻るのです!」

「へぇー、そうだったんだ!」

「ただし、囚人用のPDだとオフにできないので、出所するまでは自殺できないのです!」

「まあ、そりゃそうだよね」

 できちゃったら、ムーン・ヘルの意味がないもんね。


「でもでも、サクさんが死んでしまったらもちろん悲しいのですが、私が教えた機能を使って死んでしまったとなると、その悲しさは百倍になるのです! だから、この機能は使わないでほしいのです!」

「えー、そういう作戦?」

「そうとも言えるのです!」


 うーん……そりゃあ、あたしだって死にたくないよ? っていうか、好きで死にたい人なんていないでしょ。でも、あたしも今はそう思ってるけど、過去に少なくとも一度は死にたいって思ったわけで。だったら、今後同じ気持ちにならないっていう保証はないよね。


「んー、できればあたしも使いたくないけど、約束はできない、かな」

「うにゅー、仮にそうなったとしても止めたりはしないのです! 自殺するのは個人の自由なので、それを止める権利は誰にもないのです! でも、止めたいという気持ちもなきにしもあらずと言えなくもなかったりしなくもないのです!」

「遠回しすぎて肯定文なのか否定文なのか全然分かんないけど、とりあえず気持ちは伝わったよ」

「とにかく、この時代にも少なくとも一人、サクさんの死を悲しむ人がいるってことは覚えておいてほしいのです!」

「わかった、ありがとう」


 それがどこまで抑止力になるかは謎だけどね……。二十一世紀にも悲しんでくれる人は少なからずいたのに、抑止するには至らなかったわけだしね。もしかしたら、足枷ぐらいにはなったのかもだけど。


「っていうか、そもそもすぐには出所できそうにないしね……」

「うにゅ……」


 先週あった、鴨葱との二回目の面談で分かったことが二つある。


 一つ目は、鴨葱が本当に女性だってこと。一回目とは違ってバーチャル面談室を使った面談だったから、真っ赤な全身像を拝むことができたのだ。ま、お胸のボリュームはあたしの圧勝だったけどね!


 そして二つ目は、あたしはどうやら本当に人を殺したらしいってこと。意外なことに、あの不良弁護士はあたしが頼んだことをちゃんと調べてくれていた。


 残念ながら詳細な情報は見つからなかったみたいだけど、「丸峰咲が二名を殺害して一名に重傷を負わせた」という簡潔な公的記録を見つけてきてくれたのだ。あたしはどうやら、その記録に基づいて収監されたということらしい。


 それにしても、一人殺しただけでもびっくりなのに、三人かぁ……。まさかとは思うけど、両親とお兄ちゃんだったりしないよね……。っていうか、殺したくなるような人が全然思い浮かばないんだけど、誰なんだろ?


 あたしとしては、その辺の細かい情報や経緯が一番知りたかったんだけど、さすがに千年前となると情報が全然残っていないっぽい。鴨葱曰く、弁護士の権限では閲覧できないところに情報が残っている可能性もなくはないけど、その可能性は低そうとのことだ。


 まあ何にせよ、このままいくと出所できるのは三十年後になりそうというわけだ。でもまあ、それはもう——


「着いたのです! みなとみらい公園なのです!」

「お? うわー、広いね!」


 スモモちゃんに声をかけられて顔を上げると、目の前には広々とした芝生が広がっていた。っていうか、広すぎじゃない、これ? 高校の敷地が十個ぐらい入っちゃいそうだ。


 園内には所々に木が植えられていて、遊具やベンチ、球体型トイレ(マジかよ、丸見えじゃん!)などが設置されている。そして、その向こうには——


「ねえねえ、あれって、もしかして船?」

「はい、お船なのです!」

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