第20話 入れ替わってる!?
「っていうか、意外だね。クレアちゃんって、他人にあんまり興味がないのかと思ってたよ」
「うん、間違ってないよ、お婆ちゃん。でもさ、こんなレアケース、誰だって気になるでしょ。それに、暇だし。誰かを殺したくなっちゃうぐらい、暇だし」
「まあ、確かにね」
今日はジムもないから、昨日に輪をかけて暇だもんね。さすがに誰かを殺したくなったりはしないけど、こんな日が週に四日もあるなんて想像しただけで憂鬱になってくる。かといって、毎日ジムがあるのもそれはそれで嫌だけどね! しんどいし!
「で、何か思い出したかい? 別に、嫌なら無理して話さなくてもいいけどさ。単なる暇つぶしだし」
「いや、全然嫌じゃないよ。でも残念ながら、なんにも思い出せてないや」
「そっか」
「ちなみに、クレアちゃん的には、何がどうなったらこうなると思う?」
「分かる訳ないじゃん、そんな訳分かんないこと」
ダメ元で聞いてみたら、投げやりで微妙に回文っぽい返事が返ってきた。
「だよね……」
「でもまあ、お婆ちゃんはボクの疑問の答えを考えてくれてるからね。そのお礼も兼ねて、ちょっとは考えてみたよ。暇だしね」
クレアちゃんはそう言うとトイレから立ち上がった。
おお、考えてくれてたんだ! っていうか、いろんなことがありすぎたせいで、クレアちゃんの疑問の件をすっかり忘れてたよ! やばいやばい。PDにメモ帳機能があったから、あとで書いとこう。
自分のベッドに腰を下ろしたクレアちゃんが話を続ける。
「一番考えられるのは、本当に人を殺しちゃって、逃げきれないと思って自殺した、ってパターンだね」
「まあ、そうなっちゃうよね……」
そりゃ、客観的に見たら普通はそう思うよね……。そもそも、あたしが嘘をついてる可能性もあるわけだし。でもねぇ、ほんとのほんとに心当たりがないんだよねぇ……。
「あとは、飛び降りたときに下にいた人とぶつかりそうになったって言ってたよね? 本当に殺人を犯してないのなら、そのときぶつかった相手を死なせちゃったのが殺人とみなされたって可能性もあるかもね」
「でもでもー! それは別に、殺人じゃないと思うのです!」
隣で聞いていたスモモちゃんがかわいいお口を挟んできた。
「それは当時の法律次第でしょ、黒髪ちゃん。ID情報を見る限り、判決が出たのは千年前なんだし。当時の法律ではどうだったの?」
「うーん……法律のことは全然知らないけど、多分、殺人にはならないんじゃないかな。仮に罪になったとしても、『なんちゃら傷害罪』ってやつになると思う」
「『なんちゃら傷害罪』は罪名じゃないと思うのです!」
「だから、法律のことは全然知らないんだって!」
っていうか、スモモちゃんがそれ言うー? それとも、さっきの『なんとかスティック』の仕返しかな? だとしたら、今夜はお仕置きが必要だね!
と、今度はそのスモモちゃんが手を上げた。
「はいはーい、ひらめいたのです! サクさんは想いを寄せていた女性に振られてしまって、『もう生きていけない!』ってなっちゃって飛び降りたのです!」
「想いを寄せてた人なんていなかったし、いたとしても女性じゃなかったと思うよ……」
「そこは大した問題じゃないのです! とにかく、サクさんは殺人なんてしていないのです! 犯罪とは全く関係ない理由で絶望して飛び降りたのです!」
「うん、それで?」
「飛び降りた先にたまたま殺人鬼がいたせいで、身体が入れ替わっちゃったのです! アニメとかでよくある話なのです!」
「「…………」」
えっと、なんか真面目に聞いて損した気分なんだけど、これって突っ込んでいいのかな? 本人は自信満々なんだけど……。
どう反応しようか迷っていたら、クレアちゃんが代わりに突っ込んでくれた。
「現実世界で人が入れ替わるわけないじゃん、黒髪ちゃん。大体、身体が入れ替わってたら自分で気づくでしょ」
「はうぅ」
「それとも、まさかの双子とか?」
「いや。根暗で怠惰で鬱陶しいけど無駄に顔だけはいいお兄ちゃんしかいないよ」
「そっか。でもまあ、お婆ちゃんが人を殺しそうにないっていう点は黒髪ちゃんに同意だよ。大方、冤罪だったんじゃないの?」
「冤罪?」
「巡視ドローン……じゃなくて何なのかな? 役人? 憲兵? にでも間違って追い詰められて、どうしようもなくなって飛び降りたんじゃない? 昔のことだから、捕まったら拷問とかも日常茶飯事だっただろうし」
「はわわー、拷問が日常茶飯事……だからあんなにうまかったのですね!」
「そこまで昔じゃないよー。スモモちゃんも変な誤解をしない!」
「そっか」
「はうぅ」
昨日も思ったけど、クレアちゃんがイメージする千年前って、なんか実際よりも古いよね……。まあ、あたしも平安時代を正確にイメージできるかって言われたら無理だし、そんなもんなのかな。そして、スモモちゃんはお仕置き確定だね!
それにしても……
「結局、ここで考えても何が正解かは分かりそうにないね……」
そういえば、一昨日ミラにもそんな感じのことを言われたっけ。あれ、そういえばミラは? と思ったら、ベッドに寝転がってPDをいじってた。ミラ、PD好きだねぇ……。なんか、スマホ中毒者みたい。
「まあ、最終的にはお婆ちゃんが自力で思い出すしかないかもね」
「だよねぇ……。思い出すのも、それはそれで怖いんだけど……。でもさ、仮に冤罪だったとしても、千年も経ってたら証明のしようがないよねぇ……」
でもまあ、こうやって状況が整理できただけでも、少しは前に進めたのかな。
と、ここでまたもやスモモちゃんが手を上げた。
「もしよかったら、私の弁護士に相談してみるといいのです! 来月、出所に向けた打ち合わせがあるのを思い出したのです! 弁護士なら、何か情報を入手できるかもしれないのです!」
「今度は意外とまともな意見だね……って、あれ? スモモちゃんって出所しちゃうの?」
「はい! といっても、まだ一年近く先なのです!」
「そうだったんだ……」
考えてみれば、そりゃそうだよね。この外見で三十歳なら結構長くここにいたんだろうし、出所してもおかしくないよね……。
学校じゃないんだから、出会いも別れもバラバラなのは当たり前だ。当たり前なんだけど……なんだろう。知り合いが一人もいない世界に飛ばされて、新しく出会った子と仲良くなれたと思ったらもう別れが見えてるってのは、ちょっと辛いものがあるよね……。
そんなセンチメンタルな思考に、クレアちゃんの声が割り込んできた。
「あと、もう一つ未解決問題があるよね?」
「未解決問題?」
「誰がお婆ちゃんをコールドスリープに入れたのか、だよ。飛び降りて重傷を負ってたのなら、自力で入れるわけがないからね」
「ああ……」
それについては、お父さんとお母さんかな、って勝手に思ってたよ。漫画とかでよくある、「この病気が治療できるようになったら治療してほしい」的なやつ。あたしの場合は病気じゃなくて怪我だけど。
それにもしかしたら、未来に送り込めばあわよくば懲役が免除になるかも、って考えてくれたのかもね。だとしたら、残念ながらその読みは外れだったけど。
「ま、そうかもね。可能性は高いと思うよ」
「っていうか、これに関しては他に考えられないよね」
強いて考えられるとしたら国家機関ぐらいだけど、その可能性は低そうかな。わざわざそんなことをするとは思えないし。
「サクさんはご両親のことを随分と信頼されているのですね……素敵なのです。仲が良かったのですか?」
「んー、普通かな? たまには喧嘩もしたし、ムカついたこともあったし。でも、別に嫌いじゃなかったし、親子ってどこも大体そんな感じでなんだかんだ仲良くやってるもんじゃない? この時代だと違うの?」
「「「…………」」」
あれ? クレアちゃんもスモモちゃんもミラも黙っちゃった……。いや、ミラは元からだけどさ。どうしよう、もしかして聞いちゃいけないことだったのかな?
——しばらく沈黙が続いた後、スモモちゃんはいつになく声のトーンを落としてこう言った。
「私、両親を殺してここに来たのです」
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