第21話 スモモちゃんの過去
「えっと……」
どうしよう、なんか重い話になっちゃったよ……。
「あ、ごめんなさい、別に妬みとかじゃないのです。この時代でも、大半の家族はさっきサクさんがおっしゃったような感じだと思うのです。私もそんな風に親と仲良くしたかったな、ってちょっと思っちゃっただけなのです」
隣に座るスモモちゃんの顔を恐る恐る覗き込むと、彼女は少し慌てたようにそう言った。
「そ、そうだったんだ……。ごめんね、あたしも無神経だったよね……」
「気にしなくて大丈夫だよ、お婆ちゃん。よくあることさ。ボクもそうだし、ここに来る人は家庭に何かしら問題があった人が少なくないから、お婆ちゃんみたいな『普通の家庭』にちょっと憧れちゃうんだ」
ああ、そういうことかぁ……。身近にそういう知り合いがいなかったからあんまり意識したことなかったけど、問題を抱えた家庭って現実に存在するんだね。っていうか、クレアちゃんもなんだ……。それにしても……
「これだけ進歩したこの時代にも、そんな問題が残ってるんだね」
「進歩したって言っても、道具やテクノロジーが進歩しただけであって、人間が進歩したわけじゃないからね。人間は古代エジプトや古代ローマの頃から本質的になんにも変わってないんだよ。神話でも親殺しなんて普通に出てくるしね」
「そっかぁ……って、クレアちゃん、神話なんか読むの!? 意外!」
「今は人類史で習うんだよ、お婆ちゃん。あれって基本的に史実がベースだからね。これでも小学校は真面目に通ってたんだよ」
「なるほどー。でも、そんなシーンがあるなんてよく覚えてたね……」
いくら昔とは学習レベルが違うとはいえ、小学生にそんなもの教えて大丈夫なのか気になるけど……。
そんなあたしの心配をよそに、クレアちゃんの話は続く。
「ま、そんな感じで、親子の諍いなんて今も昔も変わんないんだよ。殺してもすぐバレるし、どうせ復元されちゃうんだけどね、今の時代は。
でもまあ、ここに来ることによって、生きる時代を親と十年か二十年ずらせるって考えたら、あながち無駄じゃないとも言えるね。親ってほら、離れたくても簡単には離れられないから。そういう意味では、殺人罪にも存在意義があるのかもね」
と、ここで、ずっと黙って話を聞いていたスモモちゃんが静かに口を開いた。
「でもでも、私は自分を育ててくれた親に問題があったとは考えたくないのです。確かに、厳しくてとっつきにくい人たちでしたけど」
「”厳しくて”って、どんな風に厳しかったんだい、黒髪ちゃん?」
「別に、いつも厳しかったわけではないのです。殴られたことはありませんし、いつも美味しいご飯を用意してくれましたし、怒ってないときは結構優しかったのです。ただ——」
一瞬間を置いてから、スモモちゃんは両親とのエピソードをいくつか話してくれた。つっかえながらでちょっと分かりにくかったし、よそ様の家の中の様子を聞くことに若干の抵抗もあったけど……そこから見えてきた二人の性格は、どう考えても”優しい”とは呼べないものだった。
——言葉の暴力。人格否定。精神的な支配。
何かちょっとでもミスをしようものなら、数時間、ときには数日間にわたって執拗に叱責されたり。文句があるなら家から出ていけと脅されたり。
話も聞いてもらえずに、一方的にこちらが悪いと決めつけられて怒られたり。自分は悪くないと言うと、口答えするなと激怒されたり。
趣味嗜好や行動をあれこれ細かく指定されたり。少しでもそこから外れたことをすると怒鳴られたり。
あるときは、まだ子供なんだから何でも言う通りにしろと言われたり。あるときは、もう子供じゃないんだから少しは考えろと言われたり。
その歳でまだ恋愛は早いと否定されたり。そして、こっそり付き合っていた男の子にもらったプレゼントを勝手に捨てられた挙句、罵声を浴びせられたところで初めて親に対してキレて、殺してしまったのだそうだ——
「それさ、その時々の気分で感情をぶつけてきてるだけじゃない? 厳しいのとはちょっと違うような……」
そりゃ、そんなんじゃ仲良くできないよ……。殴られたことはないって言ってたけど、もはや言葉で日常的に殴られてるようなもんでしょ、それ。
「だね、お婆ちゃん。でもこういうのって、やってる本人は自覚がないもんだよ。ま、中には子供が逃げられないのをいいことに意図してやってる奴もいるけどね」
「でもでも、あの二人が怒っていたのは全部、私のためだったのです」
「どうしてそう思うんだい?」
「『こうやって怒るのはお前のためだ、大人になれば分かるから』っていつも言われていたのです」
「それ、典型的な毒親の怒り方だよ、黒髪ちゃん。本当に相手のためになるのなら、そんな正当化は要らないはずだよ。実際、自分のためになってたと思う?」
ああ、なるほど、これが毒親かぁ……。言葉は知ってたけど、まさかこんなにやばいもんだとは思わなかったよ。
「正直、よく分かんないのです……。でも、自分も将来子供を持てば分かるのかなって思っていたのです」
「自分のためになってたのなら、キレて殺したりしないはずだよ? ボクみたいな快楽殺人者でもない限り」
「それは……でも、育ててくれた親のことを悪く思いたくないのです……」
うん、確かにその気持ちは分かるよ。なんたって、自分の親だもんね……。でも、その二人にはもう、そんなに気を遣わなくてもいいと思うんだけど……。うーん、なんて言えばいいんだろ?
そのとき——
「親が子供を育てるのは当たり前だろ。ネズミだって自分の子供を育てるぞ」
ずっと空気になってPDをいじっていたミラが、唐突に会話に参入してきた。
「親は自分の意思で命を世の中に生み出す以上、意地でも育てて幸せにする義務があるんだ。それに対して子供が感謝したり負い目に感じたりする必要はねぇんだよ」
うわわ、ミラ、ストレートすぎ! 確かにそうなのかもだけどさ、さすがに感謝ぐらいはしてもいいんじゃない?
「いや、しなくていいね。親子ってのは親が子供をちゃんと育てて初めてイーブンなんだ。子供が感謝するのはプラスアルファの部分だけで十分だ」
そう、なのかな……? いや、確かに一理あるのかもだけど……それはそれでドライすぎない?
「そもそも毒親に限らず、人間誰しも多かれ少なかれ毒は持ってんだ。毒グモじゃないクモも大半が微弱な毒を持ってんのと一緒さ。だから、毒を持ってること自体は大した問題じゃねぇ。でも——」
一拍おいて、ミラはこう締めくくった。
「本人が意図するにせよしないにせよ、その毒を自分の子供に向かって吐き続ける奴はクズだ。そんなクズを殺したからって気に病む必要はないと思うぞ、オレは」
うわぁ、過激……。あたしが言いたかったことと大体の方向性は一緒だけど、そこまで言っちゃうとなんか別世界の話みたいだ。でも、あたしが知らなかっただけで、こういう世界って意外と身近にもあったのかもね……。
「ありがとうございます、ミラさん。そこまで言い切ってくれた人は初めてなのです。なんかちょっと救われた気がするのです」
「オレは話を聞いた感想を言っただけさ。誰かを救うなんてそんな大それたこと、オレにはできねぇよ」
スモモちゃんのお礼に真顔で淡々と応じるミラ。うーん……ずっと聞きそびれてる、というか話してくれる気配が全然ないけど、この人の過去も意外と重そうだよね。どんな過去を背負ってるんだろ……?
と、スモモちゃんが泣きそうな声で呟くように語り始めた。
「実のところ、ここに来てから私もずっと考えてて、今皆さんに言われたようなことにはなんとなく気がついていたのです。でも——
接し方はどうあれ、二人が私のことを好きだったのは間違いないのです……。それに……私だって、できれば二人のことを好きなままでいたいじゃないですか。だから辛いのです……」
「なるほど、自分の子供のことが好きだから、心配だからっていう気持ちがこじれにこじれた結果、過剰な束縛に繋がったわけだね。よくあるパターンだよ」
うわぁ、それは確かに辛い。なにそれ、最終的にみんな不幸になってるじゃん……。
あたしは自分がいた環境がいかに恵まれていたのかを痛感しながら、スモモちゃんの頭をそっと撫でた。
《第2章 了》
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