第19話 テクノロジーと一般教養

「そういえば、サクさんって高校生だったのですよね? すごいのです!」


 朝食後、他にすることもない(なさすぎる!)ので適当に雑談を交わしていると、スモモちゃんがこんなことを言ってきた。ん? そういえば、ミラも最初会ったときに似たようなことを言ってたっけ?


「えっと、この時代って高校行くの珍しいの? あたしの時代だと、ほぼ全員行ってたんだけど」

「ふえぇ、そうだったのですね! 今の時代は基本的に小学校までで、高校に行くのはごく一部のエリートだけなのです!」

「えー、小学校までなんだ!」

 なにそれ!? めっちゃ楽じゃん!


「ちなみに、この時代ってどんなこと習うの?」

「人類史とか、化学や物理学とかを習うのです! あとは、高等数学も習うのです! まあ、高等数学といってもせいぜい微分積分ぐらいまでなのですが」

「あ、ごめん、小学校について聞いたんだけど……」

「もちろん小学校の話なのです!」

「えっ……」

 なにそれ!? 全然楽じゃないじゃん!


「逆に、サクさんはどんなことを習っていたのですか? 高校の話なのです!」

「えっと……大体、今スモモちゃんが言ったようなこと、かな……。ああ、あとは外国語とか体育とか……」

「うにゅ…………」

「まあ、昔は学習の効率が今ほど良くなかったからな。バーチャル学習システムなんてなかったんだろ?」

 若干気まずい空気になったところに、さっきから隣でトイレに座っているミラが加わってきた。


「それって昨日言ってた、言語を簡単に習得できるやつ?」

「ああ。それを使えば、誰でもある程度のことはマスターできるんだ」

 うわぁ、いいないいなー! やっぱ楽じゃん! もはやチートじゃん! テスト楽勝じゃん!


「でもさー、いくら効率良く学習できるからって、昔は高校で習ってたような内容をわざわざ小学校で勉強する必要あるの? これだけテクノロジーが発達してたら、難しいことを知らなくても別に支障はないんじゃない?」

 小学生がみんな微分積分をマスターしてるって、なんか怖いんだけど……。


「それは逆だな。世の中が進歩すればするほど、一般常識のレベルも上がるんだ。原始時代よりも中世、中世よりもサクがいた時代の方が、日常生活に必要な知識レベルは高かっただろ? 昔は高校で習ってたようなことが、今では子供でも知っておくべき一般常識になってるってことだ。逆に、外国語みたいに要らなくなった知識もたくさんあるけどな」

「うーん……確かにそうかもだけどさ、この時代なら、わざわざ覚えなくてもPDがあれば必要に応じていつでも調べられるんじゃない?」

 この時代というか、それを言うならスマホが普及してた千年前の時点で既にそうだよね。でも、ミラからはまたもや否定の言葉が返ってきた。


「いつでも調べられるのは確かに大きな強みだが、ベースとなる知識や理解力がないと調べても理解できないし、そもそも興味を持てないだろ? 世の中がどんな経緯で発展してきて、どんな知識をベースに成り立ってるのかぐらいは基礎知識として知っておくべきだ。それを知らないまま漠然と生きるのは、飼育されてる動物と一緒だぞ」

「そういうもんかな……?」

「ああ。たとえば、サクはPDの画面がどうやって空中に表示されるのかイメージできてるか?」

「えっと……よく分かんない、かな。金属製の似たようなものはあったから、使い方にはあんまり困ってないけど」

 正直、魔法みたいって思ってたよ。恥ずかしいから言わないけどね。


「スモモは?」

「はうぅ、私もそこまで理解しているわけではないのです! 体内にあるナノマシンがエレノア放電を発生させて画面を表示してるってことしか知らないのです!」

「それだけ知ってりゃ十分だ。ただ漠然と『魔法みたい』とか思ってるのとは大違いだろ?」

「ふぇ!? なんで分かったの?」

「ん? いや? 例え話として言っただけだが?」

「あうぅ」

 うっかり掘ってしまった墓穴にそのまま入りたい気分だったけど、ミラはそれ以上触れることなく話を続けてくれた。


「特に今の時代は、目に見えない機械マシンも多いからな。裏側にはちゃんと物理的な仕組みがあるってことを忘れがちなんだ。別に忘れたままでも使えるんだが、ただ漠然と使うだけなのか、基本的な仕組みだけでも知った上で使うのかの違いは大きいぞ。テクノロジーに利用されるか、テクノロジーを利用するか、とも言えるな」

「なるほど……なんとなく理解できたかも」

「ならよかった」


 確かに、与えられたものを基本的な仕組みすら理解せずにただ使うだけなのは野蛮人や動物と同じかもね。そう考えるとむしろ、千年前の人類の方がやばかったんじゃない? まあ、千年前の問題なんて今さらどうでもいいけどね。


 ミラはトイレから立ち上がると、そのまま自分のベッドに寝転がった。それにしても、このトイレのオープンさだけは未だに慣れないなぁ……。最初はミラが変態なだけかと思ったけど、どうやらこの時代では本当にこれが普通らしい。


 そりゃ確かに、隙間から見えることはないし、完全防音だから音も聞こえないけどさ……。そんなことを考えてたら、「やっと空いた」と言ってミラと入れ替わりにトイレに座ったクレアちゃんが話しかけてきた。


「そういえば、あれから何か思い出したかい、お婆ちゃん?」


 なんなのー、これ? なんかもう、ずっとトイレで話してる気分だよぉ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る