第14話 バーチャルジム
カプセルのドアが閉まった瞬間、さっきまでいた部屋とは比べ物にならないほど広々とした空間が目の前に広がった。ミラとクレアちゃんも近くにいる。
えっと、つまりこれが仮想空間ってこと? てっきり、起動や接続にもっと時間がかかるのかと思ってたよ。まさかこんな一瞬で切り替わるとは、テクノロジー恐るべしだ。
でもさ……
「ねえ、なんか身体がものすごく重いんだけど……」
「ああ、体力を維持するために、あえて地球と同じ重力に設定されてるんだ」
「えー、そうなんだ……」
「じゃないと、出所したときに歩けなくなるからな」
マジか……。重いよー。一昨日まで普通にこの重力で生活してたはずなのに、慣れって怖い。でも確かに、こんなに差があると筋肉がすぐ弱っちゃいそうだ。
「ちなみに、実際の身体って今どうなってるの?」
「さっきのカプセルの中にエアバッグで固定されてるぞ。脳だけが起きてて、それ以外は寝てる状態だ」
「へえぇ……」
あんな微動だにしそうにないのっぺりとした内壁からエアバッグが出てくるなんて、全然信じられないんだけど……洞窟の岩壁から手が出てくる方がまだ現実味がありそうだ。まあ、その辺の仕組みはどうせ理解できそうにないから気にしないことにして、今はジムのことを考えよう。
重い頭で周りを見回してみると……ランニングマシン、筋トレマシン、バーベル、ダンベル……二十一世紀のジムがどんな感じだったのかあんまり知らないけど、とりあえずあたしがジムと聞いてイメージするものは一通り揃っていた。
そして、天井はガラス張りの天窓になっていて、星空の中に青い地球が浮かんでいる。ミラ曰く、これは本物のリアルタイム映像らしい。月から見た地球ってこんなに大きいんだね。てっきり、地球から見た月と同じぐらいの大きさだと思ってたよ。笑われそうだから言わないけど。
それにしても、バーチャルとは思えないほどのリアルさだ。ちょうど近くにあったダンベルを持ってみたけど、本物の金属としか思えない感触だった。そういえば、ダンベルを持つのって初めてだけど、どうやって使えばいいんだろ?
「PDのトップ画面を見てみろ。各自の体力に合わせたトレーニングメニューが表示されてるから、そこに書かれてる通りに運動すればいい」
「——おお、すごい!」
よかった! これなら自力でできそうだ。
「それにしても、この時代のバーチャルってすごいね。現実世界と全然見分けつかないよ」
「じゃ、試しにそこのダンベルを足の上に落としてみな。そしたらバーチャルだって分かる」
「えー? 大丈夫なの?」
まあ、ミラがそう言うのなら大丈夫なんだろうな……えい!
ゴスッ——
「痛ったぁーーーい!!」
「ほら、骨折も打撲もしないだろ?」
「痛いじゃない!!」
いやいや、そこは普通、「ほら、痛くないだろ?」になるんじゃないの? 涙出てきたんだけど!
「いや、痛みは感じるぞ? でも実際の痛みより弱いし、すぐ消える」
「やる前に言ってよ!」
「やる前に言ったらやらないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「それに、人のことをふざけた呼び方で呼んでたお返しだ」
「……意外と根に持つんだね」
「一応、これでも女の子だからな」
ミラはそう言ってにやりと笑うと、ランニングマシンの方に歩いていった。うぅ……あたしも運動を始めるとするか。
メニューによると、最初はダンベルを使った腕の運動らしい。目の前にあたしの立体映像が表示されて、どう動かせばいいかや実際の動きとのズレを教えてくれる。便利! でも、自分の立体映像ってなんか恥ずかしい! あたし、自分で思ってたよりもお尻大きいんだね……。
少し離れたところでは、クレアちゃんも同じようなトレーニングをやっている……っぽいんだけど、百キロぐらいありそうなバーベルでやってるから全然同じに見えない。バーベルって、両手に一本ずつ持つもんだっけ? 違う気がするんだけど……。
まあ何にせよ、あのバーベルに比べたらあたしが使ってるダンベルなんて完全におもちゃだ。筋肉ムキムキになっちゃうんじゃないかと心配したのが馬鹿みたいに思えてきたよ。確かに、なりたくても簡単になれるもんじゃなさそうだね。
——ふぅ、疲れた。お、次は腹筋運動か。よーし、ぺったんこなお腹目指して頑張るぞー! さすがに、クレアちゃんみたいな芸術的な腹筋は無理だろうけど……。そんなことを考えてたら、当のクレアちゃんも隣の腹筋台にやってきた。
あれ、あたしが一回起き上がる間に、クレアちゃんは十回ぐらい起き上がってる気がするよ? おかしいな、時間が流れる速さが違うのかな。しかも、”50kg”って書かれたプレートを抱えてるように見えるけど、多分気のせいだよね?
うん、気のせい、気のせい——ふぅ、疲れた! ちょっと休憩!
腹筋台に仰向けに寝ると、天窓に映っている地球がちょうど正面に見える。その映像を眺めながら、あたしはふと思いついたことを口にしてみた。
「看守に頼んだら、月面を歩かせてもらえたりしないかな?」
「無理だよ。なんで?」
クレアちゃんが隣で超高速腹筋運動を続けながら答えてくれた。マジかよ、全く息切れしてないよ……。
「いや、せっかく月に来たんだし、外歩いてみたくならない?」
「別に。岩だらけで何にもないじゃん。ウサギもいないし」
「そりゃそうだけどさ……」
「そもそも、ムーン・ヘルには出入り口がないから外には出られないよ、お婆ちゃん」
えー、そうなんだぁ。残念。出入り口がないんじゃ、どうしようもないね。
…………え? ちょっと待って。
「じゃ、あたしたち、どうやってここに入ったの?」
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