第15話 三人目のルームメイト

 二時間後——


 あたしたちはバーチャルジムでの運動を終えて、現実世界に戻ってきた。まあ、戻ってきたといっても、実際の身体はずっとこっちにあったんだけどね。


 それにしても、うーん……実際の身体、か。


 本当にそう言えるのかな? 確かに、千年前の身体と何の違いも感じないけどさ……。そんなことを考えながらカプセルから出ると、隣のカプセルから出てきたミラが声をかけてきた。


「どうだ、同じ身体だろ? 違いなんてないだろ?」

「まあ、確かにそうだけど……」

「気にすんなよ。さっきも言ったように、この時代ではごく普通の長距離移動手段なんだから。価値観というか、感覚の問題だ」

「うん……」

「悪かったね、お婆ちゃん。まさかあんなにショックを受けるとは思わなかったよ」

「いやいや、別にクレアちゃんが悪いわけじゃないよ。そもそも、あたしが聞いたんだし」


 あたしはてっきり、というか二十一世紀の常識的にロケットで月に運ばれてきたのかと思ってたけど、実際にはそうじゃなかった。クレアちゃん曰く、今どきロケットに生身の人間は乗らないらしい。


 じゃあどうやって月に来たのかと聞いてみれば何のことはない、月にあるプリンターを復元先に指定した上で安楽死させればあら不思議、数秒後には月にご到着という、命の尊厳どこ行ったって感じのシンプルかつ合理的な手段だった。


 つまるところ、復元なんて経験したくないって思ってたけど実はとっくに経験してたってわけだ。


 移動のためだけに一回死ぬなんて二十一世紀の感覚ではぶっ飛んでるけど、この時代ではごく普通の長距離移動手段らしい。ミラ曰く、「ちょっと南国ビーチに行きたいな、と思ったら使うレベル」とのことだ。


 でもねぇ……どうしても、「勝手に身体を廃棄されて作り直された」って感じちゃうんだよね……。元素レベルで同じなのは分かるけどさ……。本当に同じ身体って考えていいのかな……。


 でもまあ、受け入れて切り替えていくしかないんだろうな……受け入れることが多すぎるよ……。




「あ、おかえりなさいです!」


 例のごとく看守の先導で部屋に戻ってくると、黒髪ショートの小柄な女の子が迎えてくれた。……ん? 誰だっけ?


「ああ、皆さん。こちらが今日から同じ部屋になる春咲さんです」

「はい、春咲はるさき素最萌すももというのです! よろしくお願いするのです!」


 あ、そういえばもう一人来るって言ってたっけ。同い年ぐらいかな? どう上に見ても二十歳ぐらいだ。そしてかわいい! っていうか、名前からしてかわいいし! なんか、かわいい子ばっかりだ!


「よろしくー!」

「よろしくな」

「なんだ、黒髪ちゃんか」

「うにゅ? そのサラサラ金髪はクレアさんなのです!」

「お、知り合いか?」

「はい、十年ほど前にも同じ部屋だったのです!」


 よかった! ってことは、今回は惨殺シーンを見なくてすみそうだね。クレアちゃんはちょっと残念そうだけど。……ん? 十年前?


「え、待って! スモモちゃんっていくつ?」

「三十歳なのです!」


 えぇ!? いやいや、さすがにおかしいでしょ! クレアちゃんのときは「外国人の年齢ってよく分かんないなー」で済んだけど、さすがに同じ日本人(だよね?)の年齢を十歳以上も見誤るわけがない。


「えっと、さすがに若すぎない? 十代後半にしか見えないんだけど……」

「うにゅ? それはまあ、ムーン・ヘルにいるのですから……」

 ん? どういうこと? ムーン・ヘルにいるから?


「ああ、こいつは千年前から来たばかりだから、この時代のことをあんまり知らないんだ」

「ふえぇ、千年前!? ってことは、千歳を超えてるのですね! すごいのです! 千歳って、もはや地名なのです!」

「いや、それ読み方違うだろ」

 ミラが冷静にツッコミを入れる。なるほど、千歳ちとせってこの時代でもあるんだね。いやいや、そんなことより! 一体どういうこと?


「ここは看守として私から説明しましょうか」

「じゃ、オレはシャワーでも浴びてくるか」

「あ、その次ボクね」

「私は一緒に聞くのです!」


 ミラは服を脱いでシャワーブースに入り、クレアちゃんは自分のベッドに寝転がる。そして、あたしとスモモちゃんはあたしのベッドに、看守は空気椅子に腰を下ろした。


「えー、まず大前提として今の時代、世界連邦において死刑は完全に禁止されています。その代わり、重罪犯には超長期刑が科されるようになっています。丸峰さんの時代にも形としてはありましたよね? 懲役二百年、みたいなやつです」

 そんなのあったっけ? 長くても三十年ぐらいだったような……。あ、でも、アメリカにはあったかも? 海外のニュースで聞いたことがある気がする。


「ただし、超長期刑には大きな欠点があります」

「刑期が終わる前に死んじゃうってこと?」

「はい。その欠点を解決したのがこのムーン・ヘルです。ここの空気には、細胞の老化速度を十分の一に遅らせる特殊なガスが混ぜられているのです。その結果、刑期が終わるまで囚人を強制的に生かすことが可能になったのです」

「マジか」

 ああ……「生きることが義務」ってそういうことだったのか。まさに、ムーンに作られた人工の地獄ヘルだったわけだ。何が何でも、刑期分は刑務所内で生きてもらうってことね。


 ん? ってことは、ミラはほんとに百歳超えてたんだね……。


「刑期といえば、バートレットさん。昨日の件で刑期が八年加算されました。残りの刑期は七十一年です」

「うん、了解」

「あれ、クレアちゃんって終身刑じゃないの?」

「ん? そうだよ、お婆ちゃん。今の時代、何人殺しても終身刑にはならないよ。刑期がどんどん加算されていくだけさ」

「そうだったんだ……」

 んん? じゃあ、ミラは一体何をやって終身刑になったんだろ? 大量殺人よりも重い罪があるってこと? でも、そんなのある?


 そんなあたしの疑問は、再開した看守の説明によって中断された。


「そもそも、ムーン・ヘルが月にあるのも、そのガスが理由です。万一漏れた場合、生態系を破壊してしまいますからね。もちろん、逃亡を防ぐという目的もありますが」

「なるほど……でもさ、ここに入ったら長生きできるからラッキーって考える人もいるんじゃない? 実際、長生きできちゃうわけだし」

 っていうか、犯罪者以外にも入りたいって人いるんじゃない?


「いえ、そうでもありません。確かに、このガスは元々アンチエイジング・テクノロジーとして開発されたのですが、老化の過剰な抑制には重大な精神的副作用が伴うことが判明したのです」

「精神的副作用?」

「肉体年齢と実際に生きた年数に大きなギャップが生じた場合、人間は精神的な苦痛を感じてしまうのです。精神は実際に生きた年数分だけ歳をとっていくのですが、当人はそのギャップを理解していても脳がうまく処理できないようです。私は機械なので分かりませんが」

「そうなんだ……」

「”いつまでも若く”をやりすぎると、精神の方が耐えられないということですね」

 

 ふむ……つまり、あたしは三十年後に出所するときも身体はまだ二十一歳で、でも実際には四十八年生きてるからそのギャップに苦しむということか……。


 看守を見送りながら、そんなことをぼんやりと考える。どんな風に苦しいのかいまいち想像がつかないけど、早めに知れて良かった……のかな?




 その後、スモモちゃんに軽く自己紹介をして、彼女が日本人であることを確認したところで、シャワーブースからミラが出てきた。入れ替わりにクレアちゃんが服を脱いで入っていく。


「あれ? そういえばこの服、どうやって脱ぐんだっけ?」

 何度も勝手に脱がされたけど、そういえば自分で脱いだことは一度もなかったよ。


「あ、それはこうするのです!」

 クレアちゃんがあたしのPDを勝手に出していじり始めた。お、教えてくれるっぽい!


 ……と思ってたら、あたしの服がパサっと音を立てて足元に落ちた。


「ちょっとぉ! クレアちゃんが出てきてからでいいんだけど!」

「ふわわー! お胸、大きいのです! 巨峰なのです!」

「見ちゃダメ! っていうか、どうやったの?」

「教えないのです! 毎回、私が脱がせてあげるのです!」

「なにそれ! 教えてよー!」


 この時代は、まだまだ知らないことばっかりだ……。

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