第11話 腹筋欲
頭がじんじんするのを我慢しつつ、あたしは形だけでも身構える。いや、勝てないのは分かってるよ? それに、死んでも復元されるってのも理解できたよ? でもさ、毎回あっさり殺されるのもなんか癪じゃん?
数メートルの距離を挟んで、一瞬沈黙が流れる。それを破ったのはクレアちゃんの方だった。
「ああ、お婆ちゃん、おかえり」
「お、お婆ちゃん!?」
「聞いたよ。千年前に生まれたんでしょ?」
そう言うと、クレアちゃんは全裸のままテコテコとベッドの方に歩いていく。あれ? なんか、さっきと全然雰囲気が違くない? どういうこと?
「丸峰さん、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。バートレットさんは初対面の相手しか殺しませんので」
「そうらしいぞ。オレたちはさっき殺されたから大丈夫だ」
えっと、それってつまり、もう殺される心配はないってこと?
「そう。お婆ちゃんは完全には死ななかったみたいだけど、致命傷を負わせたからもう対象外」
「そ、そうなんだ……。え、ってことは、看守さんはミラとあたしが殺されることを知ってて黙ってたってこと?」
「ええ、バートレットさんが更生しているかどうかの確認も兼ねていましたので。仮に殺されても復元できますしね」
「えー、そういう問題?」
「さすがに一般社会ではそういうわけにもいきませんが、皆さんは囚人ですからね。それに、別にそれで何の不都合もないでしょう? 昔の刑務所なんてもっと殺伐としていたと聞きますが」
そりゃそうかもしれないけどさ……「生きることが義務」とか言いつつ、どうせ復元できるからって見殺しにするんだね……。うーん、やっぱ復元っていまいち馴染めないなぁ……。
そんなことを悶々と考えている間に、看守は「明日はジムの日ですよ」と言い残して去っていった。
「サク、シャワーブースしまっといてくれるか? そこのマークにタッチするだけだ」
「え? ああ、これ?」
なるほど、なんか部屋の雰囲気が変わったと思ったら、シャワーブースが出てたのか。言われた通りマークにタッチにすると、白いブースが音もなく壁の中に収納されていった。
そのシャワーブースを出しっぱなしにした当のクレアちゃんはというと、全裸のままベッドの上でストレッチ中。ライオン属性はすっかりなりを潜めて、第一印象の猫に戻っている。
こんな人畜無害そうな女の子がほんの数時間前には自分を殺そうとしたなんて、うっかりすると忘れちゃいそうだ。っていうか、忘れちゃおう! だってかわいいし! かわいいは正義!
それにしても、なんかすごい光景だね。女子校でもここまで大胆じゃないでしょ? 色々、見えちゃいけないものが見えちゃってるし……って、よく見たらクレアちゃん、筋肉すごすぎじゃない!? 特に腹筋! やばい、触りたい! ゴリゴリ撫で回したい!
清純派JK(自称)としては、自分の中にそんな欲求があったことにびっくりだけど、この腹筋を見て触りたいと思わない人なんていないと思う。もう、なんていうか、芸術の域ってレベルだ。
「ん? どうかしたの、お婆ちゃん」
「え!? あー、なんでもないよ! クレアちゃんの後ろにある窓の外を見てたんだよ!」
「あ、そう。窓なんてボクには見えないけどね」
「あれ、おかしいな。錯覚かな……」
「むしろ発覚だね。それより、座ったら? いつまでも突っ立ってないでさ」
「あ、うん」
座るといっても、この部屋には椅子やソファーの類はないから、必然的に自分のベッドに座ることになる(トイレはもちろん対象外!)。ベッドのどの辺に座るか一瞬迷ったけど、思い切ってクレアちゃんの真正面に腰を下ろすことにした。
わーい、よく見える!
「……意外と図太いんだね、お婆ちゃん。具体的にどこを見てるのか知らないけどさ」
「んー? 何のことだろ? っていうかさ、その『お婆ちゃん』って呼び方、なんとかならない?」
「ならないね。だって千年前に生まれたんでしょ? 千歳ならお婆ちゃんじゃん」
「えー、でも実際に生きたのは十八年だよ? 昨日の記憶も千年前だし」
「今の時代は、経緯はどうあれ、生まれてからの年数で年齢をカウントするんだよ、お婆ちゃん」
「え、そうなの?」
なにそれー。なんかあたし、損してない?
「そうだぞ。ま、オレの前のルームメイトは見た目も年齢も婆さんだったけどな」
「ふえぇ、そうなんだぁ……」
「それより、はっきり言って『ビッチさん』の方がよっぽど失礼だぞ?」
あう、うまくごまかしたと思ってたのに、しっかり覚えられてた……。えっと、元はといえば、変態誘拐犯だと思ったからそう呼び始めたわけで、でも実際には変態ではあるけど誘拐犯ではなかったわけだから……やっぱりビッチで合ってるわけで……でもやっぱ、単純に失礼だよね……。というわけで——
「ごめん、今度から心の中でも外でも『ミラ』って呼ぶ」
「ほんとか?」
「ほんと、ほんと!」
「ふーん? ならいいが」
そう言うとミラはベッドにごろんと横になって、PDをいじり始めた。
「それにしてもクレアちゃん、すごい力だね。人間の首が素手でちぎれるなんて知らなかったよ」
「あれは力でちぎったわけじゃないよ、お婆ちゃん。テコの原理を使った、プロレスの関節技だよ。コツさえつかめば誰でもできる」
「関節技!?」
えっと、プロレスなんて全然見たことないからよく知らないんだけど、関節技って首がちぎれるんだっけ? 絶対違うと思うんだけど。
「格闘術も進化してるからね。この時代のプロレスじゃ、手足がちぎれるなんて普通だよ、お婆ちゃん」
「えー、そうなんだ……」
「といっても、基本的にバーチャルだけどね」
「バーチャル? ゲームみたいな感じ?」
「まあ、それに近いかな。早い話が、仮想空間でやるスポーツさ。でも動いてるのは本人そのものだし、上限はあるけど痛みも感じる」
「はぁ……」
うーん、分かったような分かってないような感じだけど、なんか昔より野蛮になってない? っていうか、格闘術が進化したっていうより、単にリミットが外れただけな気もするけど……。
って、ダメ! 服着ちゃダメ! あー、残念。でもまあ、この感じだとまた見れるかな? 次はなんとかこっそり触れたらいいな……うん、やっぱ無理ゲーかな……。
「そうだ、お婆ちゃん」
「え!?」
「なんでそんなにびっくりしてんのさ。さっきから会話してるじゃん」
「いやいや、気にしないで! で、何かな?」
「ボクからも質問いいかい? 千年前の人にぜひとも聞いてみたいことがあるんだけど」
なんだろう、昔のことでも聞かれるのかな、と思ったら全然違った。まあ、それはある意味、大昔から存在した質問ではあったけど。
「どうして人を殺しちゃいけないんだろう?」
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