第12話 クレアちゃんの過去

「えっと……」

 いきなりそんな難しいことを聞かないでほしいんだけど……。そもそも、人を殺したいと思う心理が分かんないし。


「えっと……その、そもそもクレアちゃんはどうして人を殺すの?」

 聞いてもいいものか迷った挙句、思い切って直球で聞いてみた。


「うん? ボクはプロレスラーでね。まあ、世間的には”元”プロレスラーかもしれないけど、ボク的には引退したつもりはないから今でもプロレスラーさ。


 で、ボクはプロレスラーとしてはそこそこ強くてね——いや、こんなところで謙遜してもしょうがないからはっきり言うと、結構強くてね。デビュー戦以来、一度も負けたことがないんだよ。


 いや、別に自慢じゃないよ。正直言って、つまんなかった。勝つのが簡単すぎて、負ける気がしなかったからね。そんなある日、ふとしたきっかけでリアルプロレスに参戦することになったんだ。


 ——ああ、リアルプロレスってのはね、バーチャルじゃない生身のプロレスのことさ。当然ながら怪我もするし、痛みも上限なしに感じるし、下手すりゃ死ぬこともある。早い話が、大昔ながらのプロレスさ。


 と言っても、基本的にやってることは同じなんだけどね、身体への衝撃やダメージが桁違いだったから、最初は苦戦したよ。でも、片腕を失いつつも、なんとか相手の首をもぎとって勝ったんだ。


 ——うん、もちろん相手は死んだよ。当然、後で復元されたけどね。それまでにも普通のプロレスで死亡判定に追い込んだことは何度もあったけど、生身の人間を殺したのはあれが初めてだった。


 その時さ。ボクが人生で初めて、快感を覚えたのは。それまで、試合で勝っても、美味しいものを食べても、フカフカのベッドで寝ても、エッチなことをさせられても何も感じなかったボクが、初めて快感というものを覚えたんだ。


 それ以来、ボクは『キラー・キャット』のリングネームでリアルプロレスに参戦し続けた。もちろん、試合の中で相手を殺して快感を得るためさ。ただ、残念なことに、一度殺した相手を殺しても快感は得られなかったんだ。


 そのせいで、快感を得られる相手はあっという間にいなくなっちゃった。リアルプロレスって、今の時代じゃキワモノ扱いでね。観る人もやる人も少ないんだよ。


 しょうがないから我慢してたんだけど、ついに限界がきちゃってね。リングの外でも人を殺したんだ。あれはどんな人だったかな……ガタイのいい大男ってことしか覚えてないや。でも、プロじゃないから楽勝だったのは覚えてる。


 その後、三人ほど殺したところで捕まって、ここに送り込まれたのさ。人を殺すことでしか快感を得られないのは今でも変わってない。だから、さっきみたいに新しいルームメイトに出会うたびに一回殺してるのさ」


「……クレアちゃんって、意外と喋るんだね」

「一応、これでも女の子だからね。で、どうして人を殺しちゃいけないんだろう? 何か思いついた?」

 あ、そういえばそういう話だったね。えっと、殺すことでしか快感を得られないのは確かに辛いと思うよ。でも、だからといって殺しちゃダメだと思うんだけど……具体的にどうしてって聞かれるとうまく言葉にできないよ。


 うーん、困った。


「えーっと……家族や友達が悲しむから?」

「それは昔の話だよね。今はどうせ復元されるんだから悲しくないはずだよ」

「あ、だよね……」

「むしろ、そこが論点だよ。完璧に元に戻せるんだから、別に壊してもよくないかい?」

 ああ、そういうことか……。確かに、さっきの看守との話じゃないけど、復元できるとなるとそういうことになっちゃうよね……。


「えっと、じゃあ、人を傷つけて痛い目にあわせてるから?」

「ダメージを受ける直前のデータで復元されるから、痛みの記憶は残らないよ。お婆ちゃんは復元されなかったから痛みの記憶が残ってるかもしれないけど、でも一瞬だったでしょ? 別に、ゆっくりなぶり殺しにしたわけじゃないんだし」

「うぅ、確かに」

「そう考えると、ボクはそもそも他人を傷つけてすらいないと思うんだけど、どうだろう?」

 うーん、確かにそう言われればそんな気もするけど、でもやっぱり、人を殺すのは間違ってる気がするよ。


「えーっと、じゃあ……復元って、被害者や遺族がお金払わなきゃいけないんじゃないの?」

「お金はかからないよ。行政サービスの一環だから、誰でも何度でも受けられる。そもそも今は、お金自体が存在しないんだよ」

「マジか、そうなんだ!」

 それはさすがに予想してなかったよ。でも、自分で言っといてなんだけど、お金がかからなきゃいいって問題でもないよね……。


「うーん、ごめん、あたしにはこれ以上思いつかないかな……」

「そっか」

「あたしよりも、この時代の人に聞いた方がいいんじゃない?」

「聞いたよ。弁護士も含めてみんなに聞いてるよ。でも、不思議だよね。誰に聞いても納得できる答えが返ってこないんだよ。なのに殺人罪は今でも存在する」

「う、うん……」

「千年前の人なら、もしかしたら違う答えを持ってるかな、って思ったんだけどね。でも、考えてくれてありがとう」

「ごめんね。答えを出せるか分かんないけど、考えとくよ」

「え、ホント? じゃ、考えといてよ。急がないから」


 そう言うとクレアちゃんは、ずっと黙ってPDをいじってたミラの方を向いた。


「おねーさんはどう思う?」

「知らねー」


 うわ、強い。その手があったか、と思ったけど、どのみちあたしには言えなかっただろうな……。


「それより、そろそろ消灯時間だぞ」

「え? 消灯? 電気消さなきゃってこと?」

「いや、勝手に消える」


 ミラがそう言った直後に、部屋の中が急に暗くなった。ただし、真っ暗というわけではなく、常夜灯レベルの明るさは維持されている。


 もうそんな時間だったんだ……。窓がないから、時間の感覚が全然わかんないや。っていうか、あたしはずっと寝てたようなもんだから、全然眠くないんだけどね……。


 二人の様子を見る限り、どうやらパジャマ的なものはないらしい。ふむ。とりあえず、靴下だけでも脱ぐか…………いや、無理じゃんこれ。今さら気づいたけど、この時代って全裸か全身タイツの二択なんだね……。


 これ、足の爪を切るときどうするんだろ? まさか、いちいち全裸になるのかな? でも、そうするしかないよね……。ま、今ここで気にしてもしょうがないか。


 寝るのに裸足じゃないことに若干の気持ち悪さを感じつつも、外はツルツル、中はフカフカなベッドの上にごろんと転がった。どうやらこの時代には、毛布も掛け布団もないらしい。


 もそもそと寝返りをうちながら、さっきのクレアちゃんとの会話を思い返してみる。


 死んでも復元できるのに人を殺しちゃいけない理由かぁ……。確かに思ったよりも悩ましい問題だね。そして、クレアちゃんが”殺人罪”って単語を口にするまで他人事のように考えてたけど、あたしも人を殺したかもしれないんだよね。


 殺人かぁ……。全然覚えてないけど、一体何したんだろう? 多分、自殺しようとした理由と無関係じゃないんだろうな。そして、コールドスリープに入った理由とも。


 そんなことを考えてたら、家族や友達のことが脳裏に浮かんできた。「昨日」まで普通に無駄話をしてたのに、もう二度と会えないんだな……。こんなことなら、もっと一瞬一瞬を大事にしとけばよかったな……。


 ツルフカなベッドの上でゴロゴロしながら、そんなことを悶々と繰り返し考える。


 眠くなってきたのは、何時間も経ってからのことだった。

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