第40話 対決

「ったく、なんでまたてめーと会わなきゃいけねーんだよ! 次からは春咲一人で来いって言ったじゃねーか!」

「だからこうして、春咲さんの面談とは別枠で会ってるじゃないですか」

「屁理屈言うんじゃねー!」


 ミラから一通り情報を受け取ったあたしは、看守を通じて弁護士との面談を申し込んだのだ。相手はもちろん鴨葱。隣にはスモモちゃんもミラもいない、一対一の対決だ。やばいよ! 心臓バクバクだよ! でも頑張らないと!


「まずは、これを見て欲しいんですが。といっても、あなたは既に内容をご存知ですよね?」

「あの野郎、傍観者だとか抜かしといて、がっつり協力してんじゃねーか!」

 あたしが例の裁判記録を見せると、鴨葱は一瞥しただけでそう吐き捨てた。


「ミラは別に、協力してくれてはいませんよ。あたしが勝手にこの情報を使ってるだけです」

「さっきから屁理屈ばっかりじゃねーか! で、これがどうした? この情報だと、やっぱりてめーは犯罪者ってことになるだろうが!」

「じゃあ次に、こっちを見てください。多分、こっちの内容はご存知ないと思います」

「んあ?」

 あたしが例の週刊誌の記事やSNSの記録を見せると、鴨葱は今度は少なからず興味を示して読み始めた。


 しかし、数分後——


「くだらん! ゴシップ記事やら、個人のメモ書きやら、どれも信憑性に欠ける情報じゃねーか!」

 鴨葱はそう吐き捨ててPDを突き返してきた。


 うーん、ここであっさり納得してくれたら楽だったんだけどなぁ……。でもまあ、この反応は想定通り! ここからが勝負だよ!


「本当にそう思ってますか?」

「んあ?」

「あんなおかしな判決が出るなんて、普通に考えたらまずあり得ないと思いませんか?」

「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ、てめー! 当時の公的な機関がちゃんと調べて出した結論だろうが!」

「公的な機関ともあろうものが、あんな意味不明な結論を出したんですよ? 本当は自分でもおかしいって分かってるんじゃないですか? それとも、それを認めたら自分の存在意義が無くなってしまうから認められないんですか、鴨葱さん?」

 あたしがそう言った瞬間、鴨葱の顔がみるみる真っ赤になって赤い髪と一体化した。


「てめー! 二度とその名前で呼ぶんじゃねー! その名前はもう捨てたんだ!」

「だったら、あたしに対する憎悪も捨てて、もう少しフラットな目で物事を見てもいいんじゃないですか?」


 ◆◇◆◇◆


「母親!?」

「ああ」

「あの不良弁護士が!?」

「ああ」

「マジで!? ロン毛の母親がわざわざコールドスリープに入ってこの時代に来たってこと!? え、でも母親にしては若すぎない!?」

 あの不良弁護士、どう見ても二十代後半ぐらいだったよね? 年齢的におかしいでしょ! それとも、この時代のアンチエイジング技術で若返っちゃったってこと? 浦島太郎の逆バージョン?


「あー、いや、母親本人じゃねぇんだ」

「ふぇ?」

「一言で言うとクローンだな。鴨葱京子の遺伝子をコピーして作られた、クローン人間の鴨葱鏡子。それがあいつの正体だ」

「クローン!? なんでクローンなんかいたの!? 影武者的な感じ?」

「いや、サクがちゃんと刑を受けるか見届けさせるためにわざわざ作ったんだ。あいつはそれだけのために作られた存在だ」

「えぇー」

 マジかよ、そこまでする? どんだけ執念深いんだよ……。


「あれ? でもさ、人間をクローンしても記憶はコピーされないって聞いたけど?」

「ああ。クローンってのは産まれたときは赤ん坊だからな。だからあいつは十歳まで二十一世紀で育てられてからコールドスリープに入れられたんだ。サクに対する憎悪を徹底的に叩き込まれてからな」

「ふえぇ……。あれ? ってことは、鴨葱の解凍を依頼した誰かがこの時代にいるってこと?」

「いや。二十年ほど前に、十三歳未満の子供を半永久的に凍結しておくのは倫理的にどうなんだって話が挙がって、そのときにあいつも解凍されたんだ」

「ああ、そういうこと……」

 ってことは、あいつがいなかったら、あたしは未だに解凍されてなかったんだ……。なんか、不思議な因果だね……。


「そういえばさ、結局あの目は何なの?」

「先天性赤眼症。激レアな遺伝性疾患だな。ただ、遺伝性といっても普通は隔世遺伝しかしねぇから、親子二代続けて発症するのは超がつく激レアだ」

 ああ、それであのとき、あたしを威嚇するだけのためにサングラス外しちゃったのか。自分の”息子”も同じ目だったって知らなかったんだね。


「っていうかさ、あいつも千年前から来たってことは、当時のことを証言できるわけだよね? 良心に訴えかけたら、案外味方になってくれたりしないかな?」

「さあな。そんな簡単な話じゃない気もするけどな」


 ◆◇◆◇◆


 ミラはそう言ってたけど、果たして——


「憎悪を捨てろっつてもな、こっちは物心ついたときからてめーに対する憎しみを叩き込まれて育ったんだぞ? それが今さら違いましたなんて言われても、簡単に納得はできねーよ!」

 お? おお!? 五分ほど放置したハーゲンダッツぐらい態度が軟化した気がするよ!? これって鴨葱にしてはすごい変化じゃない?


「ってことは、あたしの話を少しは信じてもらえたってことですか?」

「いや、信じねー!」

 えぇー……。


「大体な、意味不明さでいうと、てめーの主張も大して変わんねーだろうが! 裁判の関係者を軒並み買収した上に証拠も捏造した? それはそれでありえねーだろ!」

「まあ、それは確かに……」

「それにな、私怨を抜きにしても、自然体で嘘をつける犯罪者を何人も見てきた身としては、そう簡単にてめーの言うことを信じるわけにはいかねーんだ」

 うぅ……せっかく態度が軟化したのに、そもそも単純に信用されてない……。


「でもまあ、今思えば、初めて会ったときから違和感みたいなもんはあったかもしれねーな。想像してた印象と全然違ったからな」

 そもそも、顔を合わせることになるとは思ってなかったからびっくりしたんだがな、と鴨葱は付け加えた。どうやら、あたしの名前を聞いたときの反応は素だったらしい。


「とはいえ、いくら印象が良くても、あの信憑性の低い情報だけじゃどのみち裁判官は納得しねーだろうな」

「えっと、そのー、鴨葱さんから当時のことを証言してもらったりはできないんですか?」

「何を証言するんだ? 言っただろ? こっちはてめーが憎むべき犯罪者だと言われて育てられたんだぞ? それを証言したところで、何も変わんねーだろ。実際はどうだったのかなんて、本当に知らねーんだ」

「そうなんですね……」

 嘘をついてるようには見えない、かな……。執念深い母親のことだから、こうなることも見越して徹底的に情報をシャットアウトしてたのかもね。うーん、残念。いくら良心に訴えかけても、本当に知らないんじゃどうしようもないよね……。


 えぇー、じゃあいよいよ手詰まりじゃん! なんか他にない? なんか忘れてる気もするんだけど……。


 ん? あれ? そういえば……。


「復元用に全身をスキャンされたデータって、過去の分も全部残ってるんですよね? だとしたら、解凍された直後のデータもあるはずですよね?」

「んあ? あると思うが、それがどうした?」

「だったら、当時のデータを調べたらあたしの体内に残ってたりしませんか? その……三人が出したものが」

 確か、毒死の場合は体内の毒まで復元されちゃうから少し遡って復元しないといけないって言ってたよね? だとしたら、あの三人が出したものが残っててもおかしくないよね? 想像しただけで気持ち悪いけど……。


「んー、いや。てめーはコールドスリープに入る前に一年近く入院してたんだから、さすがに残ってねーだろ。それに、仮に残ってたとしても、自分の意思でヤったかもしれねーしな」

「うぅ……」

 確かに、言われてみればそりゃそうだ。あたし的には生でヤるなんて絶対ありえないんだけど、客観的に見たら分かんないよね……。


「……って、え!? 一年!? そんなに入院してたんですか!?」

「ああ、そのはずだぞ? 知らなかったのか?」

「知らなかったです……」

 えぇー! ってことは、あたしの身体って今、十九歳だったってこと? いや、この時代の考え方だと、どっちにしろ千歳なんだけどさ……なんかショック! 花の十八歳がいつの間にか終わってたなんて……。


 あたしが完全に予想外の理由で落ち込んでいるところに、鴨葱が声をかけてきた。


「もし本当にてめーの言ってることが正しいとしてもな、今さら覆すのは無理だと思うぞ。永久に残る証拠なんてねーからな」

「やっぱりそうですよね……」


 ん? 永久に残る……? 今なんか引っかかったよ?

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ムーン・ヘル 浮谷真之 @ukiya328

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