第36話 手詰まり
「んあ? なんでまた、てめーがいるんだ!?」
「えっと、ちょっとご相談したいことが——」
「またかよ!! 前回の説明で納得したんじゃなかったのかよ! 大体、こっちは
バーチャル仮釈放から数週間後、あたしは不良弁護士に冤罪を訴えるべくスモモちゃんの面談に同席したのだけど……顔を合わせるや否や、いきなり怒鳴られてしまった。まあ、言ってることは至極ごもっともというか、この人の口から聞いた中では一番まともな発言な気もするんだけどね……。
あたしが一瞬言葉に詰まっていると、隣に座るスモモちゃんがすかさず代わりに声を上げてくれた。
「サクさんが冤罪だということが分かったのです! 判決の見直しをお願いしたいのです!」
「んあ? 冤罪だとぉ!?」
グラサン越しにこちらを睨んでくる鴨葱。ひいぃー、やっぱヤクザだよ、この人。でも、あたしも頑張って話さないと! なんたって自分のことだし、自分で言わなくちゃね!
「そうなんです! 何があったのか、全部思い出したんです! 話を聞いてください!」
「ったく、あんだけ駄々こねて大昔のことを調べさせといて、今さら自分で思い出したとか、何なんだよ! まあ、来ちまったんなら聞くだけ聞いてやるが、これが最後だからな!」
「ありがとうございます!」
とまあそんな感じで露骨に嫌そうな顔をしながらも話を聞いてくれることになった鴨葱に対して、あたしは思い出したことを一通り説明したのだけど——
「嘘ついてんじゃねぇぞ、てめー!」
——あっけなく一刀両断されてしまったのだった。
えー、結構頑張って時間かけて喋ったのに、いきなり頭ごなしに全否定って酷くない? あんた、一応弁護士でしょ?
「てめー、前回の面談で記録が残ってないことが分かったから、これ幸いとばかりに適当な話をでっちあげただろ!」
「そんなことは……」
「酷いことを言わないのです! サクさんのお話は本当のお話なのです!」
「『本当のお話なのです』って、自分で見たわけじゃないだろうが! それともお前、千年前で見てきたのか?」
「うにゅー……でもでも、真実の味で満ち溢れているのです!」
「それを言うなら真実味だろうが! で、証拠はあるのか!? 今の話を部分的にでも証明できるものがひとつでもあるのか!?」
「えっと、その辺の証拠探しもお願いしたかったのですが……」
「そんな戯言に付き合ってる暇はねぇよ! そこまで本当のことだと言い張るのなら証拠を持ってこい!」
えぇー、どうしよう……。確かにあたしも楽観的すぎたかもしれないけどさ、正直、ここまで信じてもらえないとは思わなかったよ……。でも、刑務所の中から自力で千年前の証拠を集めるなんて……いや、まだ糸口があるじゃん! すっかり忘れてたよ!
「じゃあ、あたしの解凍を誰が依頼したのか調べてもらえませんか? その人は何か本当のことを知ってると思うんです!」
「いい加減にしろ!」
鴨葱はそう叫んでバーチャル面談室のソファーから立ち上がると、氷みたいにツルツルな机を回り込んでつかつかと近づいてきた。そして、サングラスを外してぐっとあたしに顔を近づけてくる。
「てめーの戯言に付き合う気はねえっつってんだろ! 犯罪者風情が無駄な悪あがきをしてんじゃねぇ! おとなしくそこで三十年過ごしてろ!」
「…………はい」
「えぇ? ちょっと? サクさん?」
「いいの、スモモちゃん」
「いいのって——」
「今月の面談は終わりだ! 次からは春咲一人で来いよ!」
「えぇ? ちょっと? まだ話が終わっていないのです! それに、私との面談も——」
「続きは来月だ!」
鴨葱はそう吐き捨てると一方的に接続を切ってしまった。
「えへへー、二人きりだね、スモモちゃん! っていうか”続き”って、あいつスモモちゃんとの面談、一回もしてないよねー」
鴨葱がいなくなったバーチャル面談室のソファーの上で、あたしはスモモちゃんに抱きつきながらそう言った。鴨葱とのやりとりで精神をがっつり削られたから、たっぷり癒しを充電しないとね!
「そんなことを言っている場合じゃないのです! どうしてあっさり引き下がっちゃったのですか?」
「んー? いや。ここはもう、最後の手段に賭けようかなって」
「もしかして、ミラさんに相談する気なのですか!? まだ、ミラさんが味方と決まったわけじゃないのです!」
「でもほら、ミラと鴨葱って明らかに仲悪そうだったじゃん? 仮に鴨葱が敵だとしたら、ミラは味方じゃない?」
敵の敵は味方、みたいなやつ? 純粋な味方かって言われると微妙だけどね。
「うにゅ? つまり、鴨葱さんが敵だというのですか? どうしてそう思ったのですか?」
「うふふー、スモモちゃんの膝枕ー」
「まじめにお話をするのです!」
「目」
「目?」
「うん、目。そっか、スモモちゃんからは見えなかったんだね」
初めてサングラスを介さずに鴨葱の目を見た瞬間、背筋が凍りそうになった。
爬虫類を思わせるその冷たい目には、明らかにあたしに対する敵意がこもっていた。
そしてなぜか片目だけが、彼女の髪や服と同じように真っ赤だった。
そしてそれは——あの二人目のロン毛の充血した目にそっくりだったのだ。
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