第35話 決意

「ごめんなさいなのです! 私のせいで嫌なことを思い出させてしまったのです!」

 あたしが昔話を終えるや否や、スモモちゃんが泣きじゃくりながら謝ってきた。


「いやいや、スモモちゃんが悪いわけじゃないよ! どのみち、いつかは思い出してただろうし!」

「でもでも、私がスイッチを押してしまったのです!」

「スイッチ言わない!」

 生々しすぎでしょ!


 一方、隣のベッドで寝転がったまま話を聞いていたミラは、「大変だったんだな」と一言だけ声をかけてきた。なるほど、やっぱりミラは知ってたんだね……。どうやら、スモモちゃんの予想は当たってたみたいだ。


 と、途中から起きて話を聞いていたクレアちゃんが、無言のまま隣に座って肩を抱き寄せてきた。それを見たスモモちゃんも正面から抱きついてくる。


「ちょっと、ダメだよ! あたし、汚いから……」

「そんなことは——」

「そうかもね、お婆ちゃん」

「ちょっと、クレアさん!」

「本人がそう感じてるんだから、それを否定しちゃいけないよ、黒髪ちゃん」

「うにゅ……」

「でもさ——」

 クレアちゃんがあたしの顔を覗き込んできて話を続ける。


「案外、周りの人は汚いなんて全然思ってないもんだよ」

「そう……いうもんかな?」

「そうだよ、お婆ちゃん。言ってなかったけどさ、ボクも子供の頃、両親に毎晩のように犯されてたんだよ」

「マジか。え……っていうか、両親? お父さんだけじゃなくて?」

「ああ、ボクの両親、ゲイだったから」

「え? えぇ!?」

「今の時代は同性でも子供が作れるんだよ、お婆ちゃん」

「それは知ってたけど……」

 そっか、そっちの組み合わせもあったんだね。偏見かもだけど、男同士で子供を作るっていうイメージが全然なかったよ。


「それにしても、毎晩のようにって……逮捕されたりとかしなかったの?」

「うん。今もどこかでのうのうと普通に暮らしてるはずだよ」

「マジか」

 うえぇ……あたしを襲った三人組もそうだけど、なんで男の人ってそんなことして平気でいられるんだろ……。もちろん、そんな人ばっかりじゃないってのは分かってるけどさ……。


「あれ? でもさ、この時代では、ばれずに犯罪を犯すのが不可能って聞いたんだけど……」

「うん、基本的にはそうだよ、お婆ちゃん。でもね、家庭内犯罪は難しいんだよ。プライバシーとの兼ね合いがあるからね。それに、被害者が子供だと、その状態が普通だと思ってしまって被害を自覚できない場合も少なくないんだよ。現に、ボクもそうだったしね」


 ああ……そういえば、千年前でもそんな感じのことが問題になってたっけ。これだけテクノロジーが発達しても解決してないんだね……。もはや人類にとって永遠の課題、なのかな……?


「まあ、それは置いといて話を戻すけどさ、ボクのこと汚いって思うかい?」

「んー、別に思わない……かも?」

「ほらね。そういうもんなんだよ、お婆ちゃん」

「うーん……」


 いや、本当はね、自分でも分かってるんだよ。実際に汚れてるわけじゃないってことは。でもねぇ……どうしてもそう感じちゃうんだよねぇ……。なんて表現したらいいんだろ、この感覚。泥が身体の隅々まで染み込んじゃって取れない、みたいな感じ?


「うん、その気持ちは否定しないよ、お婆ちゃん。ボクもそうだしね。そこはゆっくり向き合っていくしかないと思うんだ。でもさ、自分を見捨てるのは、自分が一番最後でもいいんじゃないかい?」

 クレアちゃんはそう言うと、「眠い」と言って自分のベッドに戻っていった。——かと思ったら、数秒後にはいびきをかき始めた。寝付き良すぎでしょ……。


 いや、眠いのにあたしに声をかけるためにわざわざ起きてきてくれたのかな。だとしたら、超感謝だね。第一印象は最悪だったけど、あたしの中のクレアちゃんの印象は随分上がったよ。逆に、ミラの印象はどんどん下がってるけどね。


 そして問題は、目の前にいるこの子だけど……


「スモモちゃん? スモモちゃんは今でもあたしと一緒にいたいって思ってくれてる?」

「もちろんなのです!」

「ありがとう……」


 なんでだろう、人間不信になりかけてたけど、何があってもスモモちゃんだけは信頼できる気がしてきたよ。とりあえず、スモモちゃんが一緒にいてくれる間は生きていよう! さっきクレアちゃんにも言われたことだけど、自分のことを大切に思ってくれてる人を裏切るのはもう嫌だからね!


「でもさ、過去を思い出せたのはよかったけど、あたしが本当に人を殺したってこともはっきりしちゃったね。結局、ここであと三十年過ごすのかぁ……」

 まあ、人っていうよりクズに近いんだけど、あれでも一応、人間だからね……。


「それなのですけど、サクさんがやったことは正当防衛だと思うのです! それとも、当時はまだそういう概念が無かったのですか?」

「正当防衛……?」

「そうなのです! サクさんが”殺される”と感じて反撃したのなら、それはれっきとした正当防衛なのです!」

「あった……」

「うにゅ?」

「あったよ! 正当防衛って概念!」


 どうして気づかなかったんだろ。犯罪者になっちゃったって絶望してたのが馬鹿みたいだよ……。蹴り殺されそうになって反撃したんだから、どう考えても正当防衛じゃん! 確かに殺す必要はなかったかもだけど、正直、あの状況で手加減できたかって言われると微妙だし……。


「正当防衛の概念があったのなら、殺人という判決自体が不当なのです!」

「うん、だよね!」

「そうと分かれば、不当な判決であることを訴えて刑を取り下げてもらうのです!」

「うん!」


 よし、決めた! 絶対、出所してやる! そして、この時代でスモモちゃんと一緒に生きていくよ! 男なんてもういらない!

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