第5話 超薄型全身タイツ

「いや、そりゃあたしだって服着たいですよー!」

「じゃ、着ろよ」

「着る服が無いじゃないですかー!」

「あるだろ、そこに」

 そう言ってビッチさんがベッドの一角を指差した。


 ん?


 んん?


 目を凝らしてみたけど、どこにも服らしきものは見当たらない。変な形の黒い模様が入ったグレーのシーツがあるだけだ。あ、もしかして、心が清らかな人には見えないのかな?


「いや、その黒いやつだよ」

「ふぇ!? これ模様じゃないんですか?」


 いや、確かにここだけ模様があるのは変だと思ったけどさ、どう見てもツルツルのシーツと一体化してるんだけど。


 半信半疑ながらも手を伸ばして恐る恐るつまんでみると、その「模様」はシーツからスルスルと分離した。


「うわー、この時代の服ってこんなに薄いんですねー」

 世界史の笹村先生の人望よりも薄いものが実現するとは、テクノロジー恐るべしだ。


「そっか、そういや昔の服は布だったんだな」

「布だったって、じゃあこれは何なんですか?」

「ナノマシンの集合体だ」

「ヌノマシン……?」

「ヌノマシンじゃなくて、ナノマシン。要は超小型のマシンだな。概念自体はかなり昔からあったはずだが」

 ナノマシン……なんか聞いたことがあるような気もするけど、それ以上聞いても文系女子には理解できそうにないからやめておいた。代わりに別の疑問をぶつけてみる。


「そもそも、なんであたしは全裸なんですか? てっきり、ミラさん……ミラに脱がされたんだと思ってましたよ」

「そんなことしねぇよ。普通は服を着てから歩いて部屋に来るんだが、サクは全裸のまま看守にストレッチャーで運ばれてきたんだ。その理由は知らねぇ」

「爆睡してたってことですか?」

「さあな。まだコールドスリープから覚めてなかったんじゃないか? 千年後に来る手段っていうと、それしかねぇからな」


 コールドスリープかぁ……こっちは知ってる。っていうか、「つい最近」ニュースで見たばかりだ。一般人向けに実用化されて運用を開始した、みたいな内容だったっけ。なんで自分がそんなものに入ったのかは謎だけど。


 まあ、その辺はおいおい考えることにして、とりあえず服着よう! 服!


 服…………。うん、着方が分かんない!


「えっと、これどうやって着るんですか?」

 ビッチさんが着てるのと同じ、上下一体型の全身タイツっぽいけど、ファスナーもボタンもスイッチも見当たらない。スクール水着みたいに着るのかな、とも思ったけど、首の部分はどう見てもお尻が通りそうにない。


「片腕か片脚を入れれば、あとは自動だ」

「え、ホントに?」

 恐る恐る言われた通りにしてみると、次の瞬間にはちゃんと服を着た状態になっていた。


「うわー、こんな一瞬で着れちゃうんですね!」

 すごいすごい! これなら、朝の着替えとか楽勝じゃん!


 立ち上がって、初めて制服を着たときみたいにくるくる回ってみた。


 これだけ薄いと、いろんな部分の形が浮き上がっちゃうんじゃないかと心配したけど、そんな様子はない。それに、ブラをしてないのにお胸の形も完璧だ。ブラしなくていいって、めっちゃ楽じゃん!


 デザインも、なんか女スパイみたいでかっこいいし! まあ、体のラインが丸わかりなのはちょっと恥ずかしいけど……って、あれ!? 大事なものを忘れてるじゃん! いや、先に気づけよって話だけどさ。


「あのー」

「ん?」

「パンツってないんですか?」

 いくらなんでも、ノーパンはやばいっしょ。


「パンツ? あー、昔の人が穿いてたやつか」

「昔!? え!? この時代の人ってパンツ穿かないんですか!?」

「ああ、だいぶ前に消滅した。必要性がないからな」

「いやいや、めっちゃ必要でしょー!」

「ふーん? じゃ、逆に聞くけどさ、パンツの目的って何なんだ?」

「ええ!? そんなのもちろん……」

 あれ? 何だっけ? 穿くのが当たり前すぎて、考えたことなかったよ?


「えっと、えーっと、直接着ると服が汚れちゃうから? ほら、ちびったときとか……」

「その服は汚れない。あらゆる汚れを分解するからな」

「マジか。じゃ、えーっと、ズボンが食い込んじゃうから?」

「その服は食い込まない。ってか、パンツだって食い込むんじゃないのか?」

 うん、食い込む、食い込む! あれ、マジで気持ち悪い! そっか、あの不快さから解放されるのか。でも、だからといってノーパンを肯定するわけには——


「そうだ! スカートでノーパンだと、超絶デンジャラスじゃないですか!」

「その服はスカートじゃない。ってか、スカートもだいぶ前に消滅した。体感温度調整ができねぇからな」


 えー、だったらパンツいらない……のかな? なんか騙されてるような気分だけど、確かにこの服でパンツが必要な理由が見当たらない。まさか、テクノロジーが進歩したら全人類がノーパンになるとは思わなかったよ。


 っていうか、現役JKとしては、スカートが消滅してたのも地味にショックだ。もっと制服を堪能しとけばよかったなぁ……。




「それにしても、だいぶ前に消滅したのに、パンツとかスカートとか、よく知ってましたね」

「ああ、それはな——」


 歴史の教科書にでも載ってたのかな、と思ったら、予想の斜め上をいく答えが返ってきた。


「レトロアニメに出てくるからな」

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