第4話 虫しか殺したことがない
言葉を失うって、こんな感覚なんだね。宙に浮かぶ端末を見た時点で、ある程度未来なのは覚悟できてたけど、それ以上に「殺人」が衝撃的すぎた。なんていうかもう、いろんなことがいっぺんに起こりすぎて消化しきれないよ……。
そんな中、先に口を開いたのはビッチさんだった。
「……お前、すげぇお婆ちゃんだったんだな。迂闊に触るんじゃなかった」
「人のことを死にかけの老婆みたいに言わないでくださいよー!」
えー、そっち? あんだけお肌を褒めといて酷くない? っていうかあたし、実際には十八年しか生きてないんだけど!
「ははは、すまんすまん。まあ、なんだ。変な奴って思って悪かった。まさか、千年前の人間とは思わないからさ」
「あ、いえ、それは大丈夫です」
変な奴って思われてたんだね……。でもまあ、こっちもビッチさんのことを変態誘拐犯だと思ってたんだし、おあいこだね! 言わないけど。
「名前、
「はい、そうです。サクって呼んでください」
「いい響きだな。昔の日本人って感じだ」
「えー、そうなんですか?」
もしかして、「お梅さん」とか「お菊さん」みたいな印象なの? なんかショック!
「ちなみに、この時代だと、どんな名前が多いんですか?」
「んー、日本人の名前でぱっと思いつくのは、
「なにそれ、かわいい!
「確かにかわいいけど、サクは今まで『サク』として生きてきたんだろ? それは安易に捨てない方がいいと思うぞ。名前と中身が一致しなくなる」
おお……この人、意外とまともなことも言うんだね。そっか、いろんなものを失ったあたしとしては、今さら名前なんてって感じだったけど、よく考えたら、唯一過去から持ってこれたものでもあるんだね。やっぱ大事にしよう! 親からもらった名前でもあるしね!
そうだ、親……お父さんもお母さんも、もういないんだね……。あたしのこと、探したのかな。まさか千年後に飛ばされてるなんて思わないよね……。
そう思うと、無性に涙がこみ上げてきた。ついでに吐きそうにもなったけど、幸い胃袋からは何も出てこなかった。
「泣くなよー。そして吐くなよ。出所したら、明るい未来が待ってるかもしれないぞ」
「うぅ、あたしにとっては今が未来なんですけど……」
「今は常に今だぞ。言ってみりゃ現在地みたいなもんなんだから、そこにたどり着いた経緯はどうあれ、そこを基準にどう動くかを考えねぇと」
そりゃ確かにそうだけどさ……そうだ!
「タイムマシンってないんですか? この時代ならあるんじゃないですか?」
「ない。少なくとも過去には行けないことは科学的に証明されてる」
「そうなんですね……」
「ま、フィクションには今でも登場してるけどな」
うぅー、とりあえず、帰れないことは確定したっぽい。どういう理由でどうやって来たのかは分からないけど、あたしはどうやらこの時代で生きていくしかなさそうだ。頑張って受け入れよう。自信ないけど……。
「そういえば、話変わりますけど、日本ってまだあるんですね」
「ああ、地名や民族名としては残ってるぞ。国って概念はだいぶ前になくなったけどな。昔あった国は、今では世界連邦の自治州になってる」
「へぇー」
と言いつつもいまいち実感がわいてないけど、どうやら世の中の仕組みは随分変化してるらしい。まあ、千年も経ったのなら当たり前か。千年前っていうと、平安時代だっけ? そりゃ変わるよね……。
「で、他に何か聞きたいことはあるか? なんでも聞いてくれよ」
え、ホント? じゃあ、一番聞きたい質問を——
「なんで、あたしはここにいるんですか?」
「知らねぇよ」
あうー、瞬殺。
「えー、なんでも聞いてくれって言ったじゃないですかぁ」
「なんでも知ってるとは言ってねぇ。むしろこっちが聞きてぇよ。何がどうなったら、千年前の殺人罪で
「そう、それ! そもそもあたし、殺人なんてしたことないですよ! そこからして謎です!」
だってあたし、虫しか殺したことないんだけど! それとも、今までに殺したゴキブリの中に、実は人間がいたってこと? そんなわけないよね?
「ふーん? だとしても、今ここで解決する問題じゃないと思うぞ?」
ふえぇ、やっぱそうだよね。それにしても、これからここで三十年も過ごすのかぁ……おばちゃんになっちゃうじゃん。その後は、千年後の世界でひとりぼっち——だめだ、やっぱり絶望しか感じない。
「っていうか、サク」
「は、はい?」
「いい加減、服着ろよ、服」
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