第6話 球体の正体
「——で、今オレたちがいるのが女子刑務所ってわけだ。つまり、ここにいるのは女の囚人とアンドロイドの看守だけってことになるな」
レトロアニメって聞いたときには、もしかして共通の話題があるのかと期待しちゃったけど、よくよく聞いてみると過去を舞台にしたこの時代のアニメって意味だった。要は時代劇ってことね。
まあ、冷静に考えたら千年も前に作られたアニメなんて見ないよね……。そんなわけで、アニメ談義は早々に諦めて、この刑務所について説明してもらっているところだ。
なんとなく、映画に出てくるコンテナみたいな基地をイメージしてたけど、実際には直径数百メートルの円盤型の居住ステーションが何十枚も重なった超巨大建造物で、しかも地下にあるらしい。
そして、今現在の人数は不明だけど、サイズ的には五十万人以上収容できるとのことだ。五十万人って、もはや街じゃん! でかすぎでしょ! そんな巨大コロニーが男子用と女子用で計五つもあって、世界連邦のあらゆる犯罪者が収容されているっていうからびっくりだ。
「でも、世界連邦全体で囚人が二百五十万人って、随分少なくないですか?」
「ああ、ばれずに犯罪を犯すのがほぼ不可能になって以来、犯罪者数は激減したんだ」
「なるほど、そう考えるとむしろ多いですね」
「千年前に比べると何桁も少ないだろうけどな。ってか、よくそんな無法地帯で生活できてたよな」
「そこまで危険じゃないですよー! 日本なんて、平和そのものでしたよ!」
米花町じゃあるまいし! でもまあ、この時代と比べるとありえないぐらい危険だったんだろうけどね。
「ところで、普段はここで何をすればいいんですか?」
「何もしない。ってか、何もできねぇ。ここでただ生きることが刑罰だからな。だから毎日退屈だぞ」
「あれ? でも懲役ってことは、何か労働しなきゃいけないんですよね?」
政経でそう習った気がするんだけど。
「いや、そんなのないぞ。強いて言うなら、生きること自体が労働だな。あとは、週に三回、ジムでの運動が義務づけられてる。これは部屋単位で時間が決まってるから、一緒に行くことになるな」
「なんか、刑務所なのに健康的ですね」
「重力が弱いから、心臓や筋肉がどんどん弱っていくんだ。維持しとかないと、出所できなくなっちまう」
ああ、それで部屋の真ん中にバランスボールがあるのか。なにかもっと特殊な球体かと思ってたけど、正体は意外とあっけないというか、見た目通りだった。
「ま、オレは終身刑だからどのみち出所できねぇんだけどな」
え!? 終身刑だったの!? 意外といい人そうなのに、一体何したんだろ? こう見えて実は凶悪な殺人犯とか? それとも事故? 気になったけど、聞いてもいいものか迷っているうちに聞くタイミングを逃してしまった。
「——それから、洗面台はそこのマークをタッチしたら出てくる。その隣のマークはシャワーブースだ」
「了解でーす! 壁の中にあるんですね」
「ああ、水回りは全部壁の中だ」
「すごいですね。水道管って無いんですか?」
「もちろんあるぞ? ナノマシン製だから伸縮自在なだけだ」
またナノマシンか……。いまいちイメージできてないけど、とりあえず、すごいものってことは理解できたよ。水漏れなんて絶対しないんだろうなぁ。そんなことを考えながら、何の気なしにひょいっと立ち上がってバランスボールに軽く腰を下ろしてみる。体が軽いから楽——
「ぎゃあー!」
なにこれ!? なにこれ!? バランスボールに触れた瞬間、お尻が猛烈な勢いで吸い込まれ始めた。腰回りがズブズブと埋まっていく。
このまま全身が吸い込まれちゃうんじゃないかとパニックになりかけたけど、おへその辺りまで埋まったところで止まってくれた。
慌てて立ち上がろうにも、体勢がリクライニングシートみたいに後ろに傾いてるせいでなかなか立ち上がれない。
「あれ? 最後にトイレの説明をしようと思ったら、もう座っちまったのか」
「ふぇ!? トイレ!? 今、トイレって言いました!?」
いやいやいや! いろいろおかしいでしょ! 場所とか、形とか! なんでトイレが部屋のど真ん中にあるわけ? 水回りは壁の中じゃなかったの?
「今の時代、トイレは水回りじゃねぇんだ。水を使わないからな」
「何ですか、その屁理屈みたいな理由! っていうか、服下ろしてないんですけど!」
「服は、トイレに座ったら必要な部分だけ自動的に開く。ってか、知らないもんに座るなよ」
「ただのボールだと思ったんですよ!」
確かに言われてみれば、お尻周りの服がなくなってる気がする。そして、何かが直接触れている。別に不快感はないけど(快感もないよ!)、これは慣れるまで時間がかかりそうだな……。
「ついでだから、小便でもしたらどうだ? ああ、あと、自分で拭かなくても勝手に拭いてくれるから」
せっかくだし、そうしよっか。と思ったけど、これ、カーテンとかも無いんだね……。こんなんじゃ、出るもんも出ないよ……。
「あ、あの……恥ずかしいから、向こう向いててもらえますか?」
「はあ? 別に、人に見られて恥ずかしいことでもねぇだろ? みんなやってることだし」
いや、その感覚は絶対おかしいでしょ! やっぱこの人、変態だ! まあ、女同士だし、我慢するか。ふえぇ……。
「ああ、サク。今言うことじゃないかもだけどさ」
「は、はい?」
「オレにはタメ口でいいぞ」
ほんとに今言うことじゃないね! その前置きで、ここまで今言うことじゃないの、初めてだよ! あたし、今トイレ中だよ!? って、この変態に文句言っても無駄か……。
「えっと……いや、でも一応、ミラの方が年上ですし」
「何言ってんだ? お前、千歳だろ? オレはせいぜい、百歳ちょいだし」
「いや、実際には十八年しか生きてないんですけど……」
そして、あなたはどうみても三十歳ぐらいでしょ……。
「細かいことは気にすんな。敬語を使われるのは苦手なんだ。それに、四六時中一緒に過ごすんだから、堅苦しい話し方してると疲れちまうぞ」
「まあ、ミラがそう言うのなら、あたしもその方が楽だけど……」
ところで、拭かなくていいってことは、このまま立てばいいのかな。それを聞こうと思った瞬間、正面のスライドドアが音もなく開いた。マジか、こんなタイミングで誰か来たよ。っていうか、ドアってそこにあったんだね——
って、えー!? ちょっと!? 男の人がはいってきたんですけどー!?。
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