クイア・インビテーション

「会食って、エルヴァラで?」

「ああ。急で悪いが、七日後だ」


 それは……急、なのか? こっちの世界の礼儀や時間感覚が分からないから、曖昧に頷いておく。いまニートな俺には予定もないしな。

 ただ、なんでまた急に変人領主が俺たちと会食なんて言い出したのかは気になる。こちらの勢力と競合してたり敵対してたり、ってんなら鎮火に動き出すのも分からんではない。あるいは学術都市タキステナ獣人自治領カーサエルデと繋がってたとか。しかしゲミュートリッヒとエルヴァラとは、たぶん利害の衝突どころか接点すらない。……はず。

 ああ、見放された娘さんレイラを預かってるくらいか。


「カーサエルデの馬鹿どもにはエルヴァラも被害を受けていたし、一度は護衛付きの領主専用馬車まで襲われた。その襲撃者を殲滅してくれたのだから、領主としてタリオも礼をしないわけにはいかんだろう」

「それは、こっちが行くのか? それとも、タリオが農の里エルヴァラから来る?」

「エルヴァラへの、“ご招待”だ」


 ティカ隊長は、そう言って手紙を指す。ちなみに宛名は俺だけではなくヘイゼルとの連名。もしかしてタリオって、俺とヘイゼルが夫婦だと誤解しているのかも。

 それはともかく、俺たちはタリオと主従関係にあるわけでもないし、上下関係もない。社会的には同格の俺たちに対して、礼のためとはいえ自領まで呼び出すのか。ティカ隊長は俺の違和感を理解しているようで、苦笑しながら首を振った。


「さすがの農筋馬鹿タリオも、無礼は自覚している。“収穫期が近くて、どうしても手を離せない。申し訳ないがご足労いただけないだろうか”、だとさ。足代の金貨をひとり百枚、それと山ほどの野菜と小麦に種苗類を送ってきた」

「へえ」

「ミーチャたちへの礼金と手土産は、あれだ」


 詰所の壁際に並べられたのを見せられたが……いや待って、なにその量。

 てっぺんに置かれた高級そうな小型木箱は金貨だろうけど、その下に積み上がってるのは引っ越し用ダンボールくらいの木箱が七つに大樽が七つ。タリオは七が好きなのかマナー的な意味があるのかは知らん。

 ありがたいっちゃありがたいが、俺には運べんな。


「心配しなくても、衛兵隊こっちで店に運んでおく」

「そうしてもらえると助かる」


 手土産をもらったからってわけじゃないが、エルヴァラに行くのは構わない。働かない何もしないと頑張ってみたが音を上げてたとこだったし。

 そこまで隊長に伝えて、俺はふと首を捻る。


「ここからエルヴァラって、どのくらい?」

「二百やそこらだろうが……あたしもエルヴァラは行ったことがないんだ」


 ティカ隊長は戸棚から地図を出して広げる。エルヴァラがあるのはアイルヘルン中南部、マカから北東方向に約百三十キロ八十哩ほど。ゲミュートリッヒからだと、三百六十キロ二百二十哩くらいか。

 サーエルバンに向かう東向きの道を、途中で南に折れる感じだろう。そのまま進むとマカに着く道を、途中で今度は東に曲がるわけだ。


「馬車で行けば五日ほどか。七日前だとギリギリだな。王国馬に単騎だと、なんとか一日で着く」


 衛兵隊でも愛用してる王国馬は魔物との混血だからな。体力はふつうの馬の数倍、速度も一日に移動可能な距離も車やバイクくらいある。どのみち強行軍ではあるんだろうけどな。


「この距離だったら、エインケルさんは鉱山都市マカから直接か」

「ああ。サーベイの旦那もな」


 サーベイさんは、いまクレイメア王女ソファルと一緒にマカなのだそうな。サーエルバンとマカの領主館を転送魔法陣で繋いだらしい。それでマカまで行けば、残りは馬で半日も掛からないとティカ隊長が地図上に指で線を引く。


「魔法陣かぁ……」

「どうした。エルミは転移魔法をエラく嫌がっていたが、ミーチャは平気だったんだろう?」

「ああ。それは問題ない。けど、暇だから旅したいと思ってたんだよ。ちょうど良いと思ってさ」


 呆れられた。そりゃそうだ。忙しいティカ隊長は、当然ながらマカまで転送魔法陣で行くようだ。


「エルヴァラって、ヘリで降りられるかな」

「ああ、“りんくす”か。地図で見る限り平地は多いから大丈夫だろうが、あの凄まじい風で農業被害が出ないかだな」


 メインローターの吹き下ろす風ダウンウォッシュね。地図に記載された記号を見ると、領府を中心に領地のほぼ全域が畑と農場だ。どこに降りれば被害が少ないのか俺にはわからん。

 問題といえば、ジェット燃料もだな。金額的には余裕があるけど、ヘイゼルの調達機能DSDで在庫が不安定のようなのだ。備蓄は進めているが、不要不急の用件で浪費したくない。


 どうしたもんかな。道路状況を聞いたところ、良くも悪くもない。一部に悪路もあるが、ほとんどはゲミュートリッヒからサーエルバンに向かう山道と大差ないらしい。タキステナから戻ってきた道は後半ひどかったけど、隊長に聞く限りそこまでの悪路ではなさそう。


「マカから先の道は、あたしも聞いた話でしかないけどな」

「なるほど。それじゃ……何に乗ってこうかな」

「旅を楽しむなら、ゲミュートリッヒの馬を貸し出すぞ? あの子たちなら乗り手が寝てても勝手に進むし、南側なら飼い葉エサにも困らん」

「俺は乗馬の経験がないんだってば。慣れない状態で丸一日はケツが死ぬ」


 そういえば前に聞いたな、と笑いながら納得してくれた。

 ふつうに考えれば、車だな。帰ったらヘイゼルにも話してみよう。

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