鼠たちの楽園

 ハイペースで距離を稼ぐランドローバーの助手席で、ヘイゼルがあれこれと魔導通信器マギコミュニカを操作していた。

 今回の王国遠征、せっかくだからマカで手に入れた通信器の長距離通話も試してみることにしたのだ。ナルエルの修行先だった工房で買った通信端末を、衛兵詰所にひとつ、酒場のカウンターにひとつ置いてきてある。

 店番をしていたナルエルの兄弟子によれば、どちらも通話距離は魔力次第。最大で約百三十キロ八十哩まで想定しているという、比較的大型で高性能のものだ。


「もう少ししたら、ゲミュートリッヒとの交信を試しましょう」

「そうね」


“みーちゃー♪ へいぜるちゃぁーん♪”

“うはははははははは……‼︎”


 ヘイゼルの首に下げた魔珠から、エルミとマチルダの笑い声が聞こえてきた。

 お前ら、声デカいよ!


「エルミちゃん、もう少し小さな声でも大丈夫ですよ?」


 抱っこ飛行機組が使うには通信距離が足りなかったイギリス軍のヘッドセット型“軍用携帯無線機PRR”も、小型のマギコミュニカと取り替えたのだ。

 ピンポン球くらいの魔珠に魔法陣を組み込んであり、それで送受信するタイプ。ヘッドセットではなく、首から下げるネックレス型だ。

 小さいとはいえ、今度のは通信距離が十六キロ十哩以上あるらしい。いまもふたりは上空のどこか遥か彼方にいる――ヘイゼルですら視界外ということは、数キロ単位で離れている――のだけれども、音声は問題なく入ってきている。


“今度のは、すごーく音がキレイなのニャ〜♪”

「たぶんエルミちゃんの魔力が豊富だからですね」


 性能は期待以上。問題があるとしたら、魔力ゼロの俺が使えないことくらいか。魔珠に込められた蓄魔力で起動はするけど、どうにも上手く反応しないのだ。

 ヘイゼルに担当してもらうから良いし。大丈夫だし。ちょっとハブられた感で切なくなったりしてないし。


「そっちに何か異常はあるか? いまどっちにいるのかもわからんけど」

“エーデルバーデンまで、もう少しニャー”


 速いな。つうか、それ四、五十キロは離れてないか? それで送受信できてるの? すげーな、ナルエルのいた工房の技術。


“王国側に魔物が多いのニャー”

「危険そうなら、すぐ帰って来いよ」

“だいじょぶニャー、あんまり大きいのはいないニャー”

“ゴブリンの群れが、アちコちに見えてイる。北側から南にファングラットの大群が移動してイるゾ”

「……おい」


 それは魔獣群の暴走スタンピードとかじゃない気がする。だからといって安心できる話ではなく。


“エーデルバーデンは、もう食い尽くされちゃったのニャ?”

「どうだろ」

“なンにセよ、エサが多イ方に移動してイる、とイうことダな”


 ヘイゼルに目をやると、彼女は少し考えながら首を振った。


「わたしたちの爆撃の影響ではないですね。さすがに王国北部は遠過ぎます。王国各地で内戦状態が拡大しているんでしょう」

「……そんな状況でアイルヘルンに派兵とか、何考えてんだ」


 何も考えていない、というのとは少し違う気がした。階級社会を知らん俺にはピンとこないけど。きっと王族と貴族にとって、平民の暮らしなど考慮の外なのだ。もし考えていたとしても、自分の面子や目的が優先される。結果としては同じことだが。


「ミーチャさん」

「見えてる。右側抜けるから、向かってくるのだけ頼む」


 噂をすればなんとやら。路上に群れているゴブリンとファングラットが視界に入った。

 押し合いへし合いでワサワサと団子になった魔物の群れは、俺たちの車輌が近付いてきても逃げるどころか振り返りもしない。魔物たちが群がっているのは、崩れかけた馬車だと分かった。

 俺たちが行き来したときには見た記憶のないものだ。軍用ではなく、古くて小さな無蓋やねなし。逃げてきた農民か商人かの成れの果てだろう。


「ミーチャさん、手榴弾グレネードは使いますか?」

「近くに生存者は」

「いません」

「それじゃ、ほっとけ。このまま通過する」


 ゴブリンの何体かがこちらに向かってこようとしたところで、ヘイゼルが助手席銃架の汎用機関銃を発射する。短く数発ずつ、二度三度と繰り返すと群れのなかで血飛沫が上がった。そこに周囲のゴブリンやファングラットが食い付いて引きずり倒し、血肉を貪る。興奮状態なのか血に酔っているのか、まだ生きてる同族間でも齧り合い殴り合いが起きていた。

 あいつら見境なしか。そりゃそうだろうな。魔物だもの。


「エサが足りなくなったら、アイルヘルンにも流れてくるかな」

「もう来ているとは思います。が、向こうはひとも魔物も王国より強いですから。おそらく生き延びられるものは多くないです」


 人間だけでなく魔物まで同じ運命か。哀れには思うが、俺たちには関係ない。アイルヘルンの魔物が、流れ込んできた豊富なエサで殖えるという弊害くらいか。


“ミーチャ、エーデルバーデンからアイルヘルンに行く曲がり角、覚えてるニャ?”

「ああ。犬の形した岩があるんだっけ?」


 来るときは王国軍と追いつ追われつで岩そのものは見てないけどな。


“それニャ”

「エルミちゃん、それがどうかしましたか?」


 陸路を進む俺たちは、急いでいるとはいえ全行程の半分を超えたあたり。その曲がり角は、まだ数十キロ先だ。いまエルミたちは、その上空にいるのだろう。


“そこに兵隊っぽいのが、いっぱい固まってるのニャ”

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