領主からの依頼
妙なことになった。
とはいえ異世界転移して以降、妙なことばっかりなのだから今更ではある。
王国に残ったただひとりの王位継承者、王女クレイメアの“救出”を依頼された。マカ領主とサーエルバン領主代行の連名、ではあるが。それは救出ではなく未成年略取なのでは。
たとえ現状が議会派による拉致監禁状態なのだとしても、だ。本人が自分を王女だと思っているのであれば、怪しさ満点な俺たちになど従うわけがない。
マカ領主エインケル翁に接触してきたのは、王国軍に滅ぼされた小領アーエルの生き残りだという。彼らは王国政府に抵抗するため、密偵と短距離交信の
自分たちに手を貸して欲しいと。
「はいどうもー冒険者ギルドですー」
「軽いな」
「エインケルさんサーベイさんからクエスト依頼受注、そしてミーチャさんに発注しましたー」
「……ムッチャ早いのニャ」
ナルエルに確認してもらったが、ギルド規約に則った間違いない契約のようだ。書式も的確で、字も綺麗。イメージはポンコツっぽいのに、アマノラさん案外これで事務員としては優秀なのかもしれない。
「報酬は金貨三百枚。サーベイさんからお預かりしましたから、依頼達成後にお渡ししますねー」
ふつうは依頼受注者の前で金銭授受はやらんのだろうけど。ギルドの事務員を呼び出したのはこちらだし、そもそもギルドとしては依頼の仲介というより公証役場みたいな役割。クエスト依頼票を公正証書として残すのが目的だ。
アマノラさんは書類と筆記用具、金貨の入った大きな革袋をまとめて、収納用の魔道具らしき小箱に納める。
それを懐に入れると、ホッとした表情になった。お仕事終了とばかりにレイラから煎れてもらったお茶と茶菓子を堪能している。
「ヘイゼル、金貨三百って……」
「アイルヘルンの金貨ですと、約
「いま手持ちは?」
「タキステナからの賠償金を含めて、最低でも
おおう……二億超えって、どうすんのそれ。
この世界で日常的な出費ってあんまりないんだよね。酒場の収益だけで暮らすには十分だし。たしかにサーエルバンとの交易やらマカへの酒造設備の移譲やらで、別途また入ってくるし。
かといって、ここでタダ働きするのも違う気がする。今後の関係やアイルヘルンの将来を考えれば、受け取らないのではなく、受け取って還元するべきなんだろう。
「……まあ、とりあえず頑張りますか」
「はい」
俺のスローライフ、どこ行った。
◇ ◇
俺とヘイゼルの王国行きに同行するのは、エルミとマチルダということになった。
けっこう荒事が好きっぽいナルエルも来たがっていたけれども、彼女には工房チームとともにゲミュートリッヒの防衛を担ってもらうよう説得した。町には、いざというとき対処できるだけの人員と装備は揃っている。彼らでダメな状況なら、俺たちがいても大差ないと言えるくらいに。
ただ、いまはどこがどう攻め込んでくるのか読めんのだ。アイルヘルンの内情に詳しく魔法と魔道具のエキスパートでもあるナルエルがいてくれれば、安心材料としてデカい。
「気をつけて」
なんだかんだでゲミュートリッヒに馴染んでいるナルエルは、町の防衛と聞いて残留に承諾してくれた。
レイラも戦闘能力はさほどでもないようだけど、いざとなったら後方支援をしてくれることになっている。
「ありがとう。よろしく頼む」
「お土産を見付けてくるニャ」
遊びに行くんじゃないんですけどね。たぶん買い物できるような状況もない、というか商業活動してる場所に立ち寄ることもないだろうな。王国って、政治も経済も破綻しかけてるし。
ランドローバーの運転は俺で、ヘイゼルには助手席の
「それじゃ、行ってきます」
「頼みますヨ」
町の正門前で、見送りのサーベイさんから頭を下げられる。エインケル爺ちゃんも、頭を下げる俺に真面目な顔で頷きを返す。
まずは、滅びた小領アーエルで、生き残りの抵抗組織と接触する。彼らと合流した後は、王都近くの屋敷に監禁されている王女クレイメア――に摺り替えられた人狼の末裔――を救出する。
「たったふたつの行程なのに。ただで済む気が微塵もしない」
「そレが予感ダとでも言うツもりなラ、間違いダぞミーチャ」
マチルダが後部銃座で笑う。
「たダでは済まン。絶対にナ!」
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