バイファケイション

「エルミ、それ王国軍か?」

“片方は、たぶんそうニャ”

「もう片方は? つうか、争ってるのか?」


 それって、エインケル爺ちゃんとサーベイさんが言ってたアーエルの領地軍なんじゃないか?

 なにか識別できる特徴があれば良いんだけど。ヘイゼルに目をやると、察したらしく彼女は記憶を反芻し始めた。


「エルミちゃん、その王国軍じゃない方は黄色い旗か帯を持ってないですか」

“黄色の布を腕に巻いてるニャ”

「すぐ向かいます。衝突が起きたら黄色い印のある方を助けてください」

“わかったニャー”


 俺はランドローバーを加速させる。見える範囲に、大岩らしきものはない。うろ覚えだけれども、曲がり角まではまだ距離があるはずだ。道の先は左右に藪が多く、起伏が連続しているため視界が悪い。急に飛び出してこられたら止まれないんだが、唯一の曲がり角を占拠されているなら民間人の行き来はないと割り切る。


「アーエルで合流するんじゃないのかよ⁉︎」

「誘い出されたか待ち切れなくなったか、それとも接触する相手とは別口か、ですね」

「どれにせよ碌なことにはならなそうだな」


 五分ほど走ったところで、ヘイゼルが助手席の汎用機関銃を構え始めた。彼女には何か見えてるのか聞こえてるのか知らんが、いま俺にできるのは車を飛ばすことだけだ。


“動いたニャ!”

「見えました!」


 エルミとヘイゼルの声が重なる。俺には何にも見えんし聞こえん。道の先にモサッとした小山のようなシルエットがあるような……気もしないでもないレベルだ。荒れた路上の安全確認が精いっぱいで、あまり遠くを見ている余裕はない。


“すてんのタマは弾かれるのニャ!”

「エルミちゃん、一分だけ持ち堪えてください!」

“ぷん⁉︎”


 一日十二刻で動くこの世界の時制に分と秒はないんだろう。そんなことはどうでもいい。

 ヘイゼルは助手席から立ち上がると、走る車の上で荷台の籠型補強枠ロールケージに登って後部銃座に取り付く。


「ミーチャさん、その稜線で停止してください!」

「了解」


 緩いスロープを上り切ったところで車を止める。視界の先、二十メートルほどのところにある大きな岩陰でふたつの武装集団が対峙していた。

 片方は多勢に無勢で装備も体格も劣っているが、連携と俊敏な動きでチマチマと相手の体力を削っている。黄色い帯かどうか俺の視力ではハッキリしないが、そちらがアーエルの残党のようだ。

 M2重機関銃の射撃が始まり、王国軍の重甲冑が吹き飛ぶ。青白い火花を散らしているのは魔導防壁なんだろうけれども、12.7x99ミリの重機関銃弾を防ぐ力はない。ほぼ同じ威力の銃弾を使用するボーイズ対戦車ライフルは、甲冑より遥かに厚く頑丈な装甲馬車の外殻さえ貫くのだから。


「半獣の仲間か⁉︎」

「魔導師ッ、何をしている!」


 王国軍は動揺して腰が引けている。魔導師と思われる集団は物陰に隠れたまま、上空から飛来したエルミによる短機関銃ステンガンの掃射で殲滅されてしまった。


「エルミちゃん、残敵のこりは!」

“騎兵が南に逃げてくニャ”

「ミーチャさん、曲がり角まで前進してください!」

「了解」


 こちらが敵じゃない……少なくとも敵の敵だというくらいは認識したのだろう。アーエルの残党と思われるグループは走ってきたランドローバーに対して敵対の姿勢は見せない。

 彼らの前を通り過ぎたとき、何人か獣人が混じっていることに気付く。


「少し距離があるな」

「問題ありません」


 曲がり角で南側を見通すと、緩く蛇行しながら伸びる街道を逃げ去る騎兵集団があった。数は十に少し欠けるくらい。甲冑の背に盾を重ねて必死に身を守ろうとしているのがわかる。

 無駄だけどな。


 ランドローバーの後部銃座で重機関銃が火を噴くと、頭だけが右から左へと弾き飛ばされた。馬を傷付けないヘイゼルなりの気遣いなんだろう。そのまま走り去る馬上から、兵士の胴体が次々に転がり落ちる。


「……お前、たちは……何者だ?」


 王国軍の死体が折り重なるなかで、腕に帯を巻いた集団が俺たちを見ていた。血に染まって汚れた包帯のようだが、元は黄色いのだろう。俺たちが来る前に倒された者もいたらしく、生き残りは七名。事前に聞いていたように、見た感じで亜人もしくはその混血が多い。


「ゲミュートリッヒのミーチャ。こちらがヘイゼル、向こうがエルミとマチルダだ」


 空から降りてきた抱っこ攻撃機組が、アーエルの残党に笑顔で手を振る。毒気を抜かれた顔で首を傾げる彼らは、どうやらこちらが接触しようとしていたグループとは別口らしい。


「俺たちはアーエルの跡地で、サマルって男と会うように依頼されている」


 サーベイさんから聞いた、生き残りの抵抗組織を率いているリーダーだ。

 それを聞いて、男たちは納得したように頷く。


「依頼というのは、サマルからではないのか?」

「違う。アイルヘルンの商人で、いまはサーエルバン領主代行のサーベイ氏と、マカ領主のエインケル翁だ」


 ふたりの名前を出すと、ホッとしたような反応があった。何人かはキョトンとした顔だが、こちらへの不信感はない。とりあえず、いまはそれで十分だ。


「いまアーエルはどうなってる?」


 このまま向かうべきか、何らかの対策が必要か。そして彼らの立場と目的も聞いておきたい。サマルなる協力者に会った後、俺たちは内戦中の王国を縦断しながら中心地に向かわなければいけないのだ。


「封鎖された」


 滅ぼした小領地を封鎖して何のメリットがあるのかは不明だが、抵抗組織との接触は少し困難になりそうだ。


「こんな状況なのに、王国軍もずいぶんと兵を送ってくるな」

「……いや。新たに投入されたのは、なぜか青い旗の……侯爵領軍だった」


 侯爵領軍? それは王国軍の一部ではないのか?

 こちらの疑問を察したようで、男たちのひとりが俺に教えてくれた。


「王に反旗を翻した、宰相派の兵だ」

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