瓦礫の国

 北東方向から飛来した異様な乗り物は、一瞬で王都を蹂躙した。

 王都の民に被害はなかったのだから、より正確に言えば、“王政のみを”完膚なきまでに叩き潰した。


「国王陛下、崩御!」


 伝令兵の声に、貴族院の面々は顔面を蒼白にした。

 王都から北西に二十五キロ十五哩、ラングナス公爵家が所有する瀟洒な別邸に集まっていたのは王国の主だった高位貴族たち。ここで行われるはずだった貴族院の密会は、既に意味をなくしてしまっていた。


「ラングナス公爵は、如何に」


 貴族院議長、ハイコフ侯爵の声は震えていた。


「まだ報告は、ありません。玉体を得られたのは、国王陛下、王妃陛下、王弟殿下、第一王子殿下、第二王子殿下……」


 伝令兵の報告は続くが、宰相は発見に至っていない。王家で生き延びたのは、この別邸に幽閉状態の王女クレイメアのみ。政務担当の大臣七名と数十名の文官、近衛を含む百数十名の武官も軒並み城と運命を共にした。

 拙いことに、彼らの首魁であった宰相ラングナスも、今朝がた王城に向かったまま消息不明。護衛につけた侯爵領軍も戻らないところを見れば、城の崩壊に巻き込まれたことは明白。だが、問題は死体が発見されるかどうかではない。


 王国が存亡の危機にあるいま、誰が矢面に立つかだ。


「……降伏の使者を、送るべきでは」

「何を申されるか! 王国が半獣どもに膝を屈するなど、ありえぬ! あってはならぬ!」

「では閣下は、あの空飛ぶ魔道具を追って出陣なさるのですか。……ゲミュートリッヒに」


 末席の伯爵が呪われた地名を口にする。ほんのふた月ほど前まで、それは聞いたこともない辺境の蛮地だった。最初の討伐部隊が戻らなかったときも、問題を認識したものは少なかった。王国北端の町から始まった騒動が、蛮族の地に飛び火しただけ。最初は、誰もがそう思っていた。

 これが好機と思ったことも事実だ。愚王の下で朽ち始めていた王政を、いまこそ貴族院が勝ち取るべきなのだと。


「王城にのみ攻撃を加えてきたのであれば、貴奴らの敵意が向いていたのは王家なのでは」


 虎の子の兵を失った侯爵が、信じてもいない夢物語を口にする。国王弑逆しいぎゃくを目指していた貴族院にとって、崩御は朗報ではある。が、そのために王城ごと粉砕するような相手だ。敵の敵といえども、それを理解されるとは思えない。こちらの事情を知ったところで、味方と見做されるはずもない。

 アイルヘルンに対する王国軍の討伐行は大小七回、向けられた兵力は総勢五百を超える。その大部分が戻らない状況で、貴族院に打つ手などない。


「王を殺して終わりなわけがなかろう。狙いは、この国そのもの」

「だとしたら、終わりだ。我らも、王国もな」


◇ ◇


「ヘイゼル、生存者は」

「見える範囲では、いませんね。衛兵と思われる集団が遠巻きに見ていますが、敵対する様子はありません」

「敵意はある。対抗手段がないだけ」


 ヘイゼルのコメントに、ナルエルが冷静に返す。それはそうだろう。


「それじゃ、撤収だな」

「了解です」


 リンクス汎用ヘリは高度を上げ、ゲミュートリッヒを目指す。

 航空兵力は、交渉に向かない。敵地に滞在できないため、打撃を加えるだけで終わってしまう。ふつう戦争は侵攻と制圧の後、占領を果たしてようやく勝利だ。どうしても陸戦力が必要になる。

 人口が百を超えたばかりのゲミュートリッヒには無理な話だ。仮にアイルヘルン全体が一丸となっても、まともな軍を持たない時点で現実的じゃない。


「王国の連中、これで諦めるとは思えないけどな」


 わかってはいても、いま俺たちにできることはない。王都ごと吹き飛ばすという手もあるが、貴族全員が首都に揃ってる保証はない。だいたい無関係な民間人虐殺なんて、やりたくない。


「政権交代して、和平の使者を送ってくるならよし。また手出ししてくるようなら、その拠点をひとつずつ潰そう」

「ミーチャ」

「あレは、殺さなイのか?」


 エルミとマチルダが、ヘリのドアから下を指す。かろうじて隊列を維持した兵の集団が王都を目指して進むのが見えた。数は四十ほど。馬が二頭いるが、馬車はない。北東方向から来たということは、王国内からの援軍ではなさそうだ。


「あれは、王国軍?」

「その、敗軍」


 俺の疑問に、ナルエルが答える。


「ひとり、つかまえる?」

「そうですね。指揮官と思われる者を引き離して……」

「任せるニャ♪」

「あ」


 マチルダとエルミはヘッドセットを外すと、開いているドアからひょいと飛び降りた。彼女らが飛べるのはわかってるんだけど、飛行中のヘリから落下する光景は前振りなしに見せられると心臓に悪い。

 飛んで行った先でのことは、あまり心配していない。王国軍の小隊程度なら、彼女らの敵ではない。仮に相手が臨戦体制の完全装備だったとしても、ステンガン装備の抱っこ攻撃機には手も足も出まい。


「お待たせニャ♪」

「早えぇなオイ」


 マチルダに抱っこされたエルミが、甲冑姿の男を抱きかかえている。ヘリの機内に運び込まれてようやく、男は自分が敵対勢力に拉致されたのだと気づいた。エルミの手を振り払って暴れそうになったが、マチルダが首筋に触れるとビクッと痙攣して大人しくなった。どうやらスタンガンみたいに微弱電流を流したようだ。


「あ、あ……」

「そうダ。生き延びタけレば、言エ。貴様ラは、アイルヘルンで何をしタ」

「……知れた、ことだ。……驕り高ぶった貴様ら亜人に、……王国の権威を、示すため……」

「攻め込んだ理由は良いや。どこで何をした?」

「蛮族の商都サーエルバンに、誅伐を……」


 この状況で強気の上から目線を崩さないのは立派なものだ。顔面は蒼白で涙目だし、手足も震えてるけどな。

 マカ潜入組とゲミュートリッヒ攻撃組以外にも、別の任務を受けていた部隊がいたわけだ。ボロボロの敗走状態を見れば、とうてい成功したようには見えん。


「もしかして、着けなかったのニャ?」


 エルミが首を捻った。さっきのスタンガンの巻き添えでピコッと逆立った頭の毛が一緒に揺れる。


「魔物の群れに襲撃され、護衛の兵を失った。亜人の汚い策略に負けたのだ!」

「いや待て。魔物の被害は自然現象だろ。あいつら俺たちのペットじゃねえよ」


 恐怖か絶望か現実逃避かで、男は自分の殻に閉じこもり始めた。ブツブツ言いながら身体を揺らし、返答しなくなる。


「ナルエルちゃん、少しだけ操縦を代わってもらえますか」

「任せて」


 操縦席から立ってこちらに来たヘイゼルは、男の頭に触れて首を傾げる。大きな問題を知ったという風ではなく、よくわからんという怪訝顔だ。


「やはり、王党派と議会派でそれぞれに派兵していますね」

「ひとんちで勢力争いすんなよ」

「まったくです」


 ヘイゼルは頬を叩いて男に正気を取り戻させる。


「王都でに伝えなさい」

「……次、だと?」

「アイルヘルンに兵を入れれば、誰も生きては戻らない。そして、それが続くなら」


 床で俯いていた男は、ヘイゼルを見上げる。小柄で細身の銀髪メイドは、男の頭に触れた。脳裏に刻み込むかのように、指からは仄かな青白い魔力光が放たれている。


お前たちがユアターン滅びる番だネクスト

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