機上にて

 用が済んだ指揮官は、エルミとマチルダが敗走部隊のところまで返しに行ってくれた。

 生かしておいたのはメッセンジャーとして王都に戻ってもらうためだが、彼らが到着したところでメッセージを伝える相手がいるのかはわからん。王城にいた人間は全滅だろうしな。


「まあ、いいか」

「アイルヘルンに侵攻した部隊は、まだいくつか行方不明のままです。マカとゲミュートリッヒは住人と衛兵隊で撃退可能でしょうけれども、サーエルバンは少し不安が残りますね」

「何かあれば連絡がくるだろ。転送魔法陣もあるから、俺たちも支援に向かうさ」


 大きな商都であるサーエルバンの住人は全員が顔見知りでもないし、みんなが仲間とまでは思っていない。でも、領主代行のサーベイさんとその商会は守る。ビジネスパートナーだし、俺たちと利害を共有する身内だと思っているからな。


「お待たせニャー」

「ありがとエルミ、マチルダも。助かった」

「あそこの兵隊、すっごい微妙な顔してたのニャ」


 それはそうだろうな。アイルヘルンに攻め込んで、何もできずに逃げ戻って。空飛ぶ亜人に指揮官をさらわれて、すぐに無事なまま戻されたらさ。俺だって、どんな顔して良いかわからん。


「右下、森の切れ目に王国軍部隊……だったもの、ですね」

「生存者はない」


 操縦席のふたりから報告があって、俺たちは開いたドアから地上を見下ろす。速度が速く、高度も五十メートルほどあるので、俺の視力ではよくわからない。地上は森だらけで、どの森なのかも……


「ああ、あれのこと? なんか緑のがモサッとたかってる」

「ゴブリンなのニャ」

「見てわかルだけデも、十五ほドの兵がさレていルな」

「詳しい説明はしなくて良いよ。うん」


 嫌な死に方だ。バラバラにされてゴブリンの餌になったのが死ぬ前か死んだ後か知らんが。兵隊からしたら、完全な無駄死にだな。アイルヘルンなんかに攻め込んだところで、王国が得る物なんてないのに。

 あったとしても割りに合わない。王国より遥かに開発が進んでいないし、魔物の数と強さが桁違いな環境なんだから、成功率だってほとんどない。


「左手にマルテ湖」


 ナルエルのアナウンスで、俺は反対側のドアから左奥を見る。蒼い水面は大小いくつかに枝分かれしていて、高空から見ても巨大なのがわかる。直径は優に一キロ越えだろう。面積も、たぶん学術都市タキステナを囲む塩湖より大きい。


「その湖、有名なのか?」

「アイルヘルン最大の水源で、水龍が棲む。あれがあるから、王国との間に道が少ない」


 エーデルバーデンとゲミュートリッヒを繋ぐ北側ルート。王都からマカを経由してサーエルバンに向かう南側ルート。そのふたつの間には大きな平地が広がっているのだから、あのマルテ湖がなければ中央ルートが作れたのだ。

 なるほどね。国道を迂回させる曰く付きの大木みたいなもんか。


「水龍って、美味いのか?」

「ナぜそれが最初に出ル」


 マチルダから呆れられ、他のガールズからは笑われた。


「いいじゃんよ、水龍ってくらいだから水のなかから出てこないんだろ? 討伐とかする義理はないんだし。恨みも実害もないから、きっと縁がないまま終わるんだ。知りたい情報なんて味くらいのもんだろ」

「近付いて食べられた話は、山ほどある。食べた話も、食べようとした話も、聞いたことはない」


 物知りっぽいナルエルからは、残念なお知らせ。だったらなおさら、関わらないでおこう。


「ミーチャは、変わってるのニャ」

「うム。そして不可解ダな」

「そう。不可思議で、興味深い」

「そうですね。ユニークな方だとは思います」


 俺から見ると不思議なガールズに、揃って不思議がられた。納得いかん。


「水龍の話だけじゃないニャ。ウチは、ミーチャがナニで動いているのかわからないのニャ」


 なんじゃそら。

 いまひとつピンとこない問いだが、どうやらモチベーションとか欲の薄さを不思議がられているようだ。

 いうても俺はスローライフに向けて進んでるつもりだぞ? 最近はあれこれ邪魔が入って難航しているけれどもさ。


「ここまでみんなを引っ張ってきて、周りのみんなを幸せにして。……何も求めてないのニャ?」

「それはヘイゼルの力と、みんなの努力の結果だろ。俺はただの酒場の店主で満足してる」

「う〜ム……そレを否定すル気は、なイが……」

「ヘイゼルは、わたしたちを乗せた馬車。それを引いているのは、ミーチャ」

「そうかもしれませんね。楽しく揺られているうちに、ふと気付けば不思議なところに連れてこられた感じでしょうか」


 いや、張本人のヘイゼルが他人事みたいに言うのもどうかと思いますが。

 みなさん揃って頷くのは、どうなんですかね。

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