ドワーフ街で昼食を
最初の買い物を済ませた俺たちは、商店街の中心にある広場でティカ隊長と合流する。彼女はここに住む知り合いを訪ねるとかで、午前中は別行動になっていた。
「知り合いっていうけど、ティカ隊長はマカの出身だっけ?」
「さあ。ティカさんの過去は聞いた覚えがないですね」
「わたしも、ここで会ったことはない」
ヘイゼルは知らず、ナルエルも顔見知りではないと。まあ、詮索する気もないが。
「ミーチャ」
広場のベンチでティカ隊長が手を振る。
隣には見知らぬ女性。小柄で人懐っこい顔をしていて癖毛、たぶんドワーフなんだろう。
「こいつはマルカ。あたしの妹だ」
「妹さん?」
知り合いって……家族じゃん。隊長、案外あれか。家族と親密なのが照れ臭いお年頃か。
「マルカです。姉がお世話になっています」
礼儀正しい。そして、あんまワイルド感がない。姉妹なのに。
「アンタたちが何を考えているかはわかるが、ちゃんと血の繋がった妹だぞ?」
「いえ、お顔はそっくりです」
おい、ヘイゼル。そこで“は”、って言うな。雰囲気ぜんぜん違うって指摘してるようなもんじゃねえか。
「あたしたちはマカで生まれて、サーエルバンで育ったんだけどな。三、四年くらい前に親父が
「わたしは、両親と一緒にこちらに戻っていたんです」
聞けば、それから会ったのは二回だけらしい。隊長が忙しかったのもあるし、距離が離れ過ぎてて帰省するにも金と時間と労力が掛かり過ぎるからだ。手紙や荷物のやりとりはしていたので、近況は知っていたようだが。
「もしかして隊長の親父さんも、鍛冶師か魔道具師?」
「いや、ウチは宿付きの料理屋だ」
「へえ……!」
ティカ隊長からはあまりエンジニア的な興味を感じないと思っていたけど、それは両親の血筋なのだそうな。
「よかったらウチで昼飯でもどうかと思ってさ」
「お、それは嬉しいな」
「ぜひ、お邪魔したいです」
腹が減っていた俺たちは、ティカ隊長の実家に立ち寄らせてもらうことになった。
その宿兼料理店があるのは、マカの商店街でも中心地から百メートルほど離れた一角。雑多な賑わいがわずかに落ち着いて、行き交う人たちも表情が穏やかだ。
宿屋の立地としては、こちらの方が良い場所なんだろうと思う。
「親父、連れてきたぞー」
「おう、いらっしゃい!」
「こんちは、お邪魔します」
出迎えてくれたのはティカ隊長によく似た威勢の良いお父さんと、マルカさんによく似た穏やかそうなお母さん。なるほど、これは血筋を感じる。
「いらっしゃいませ。みなさんのお話はよく手紙で聞いてましたよ。ウチの娘が大変お世話になってたみたいで」
当の本人は照れ隠しなのか、笑いを堪えたようなしかめっ面だ。いまは隊長の顔から、娘さんの顔になっているのが微笑ましい。クスクス笑う妹さんと大笑いする親父さんからも、家族の愛情を感じる。
隊長のあの性格は、こういう家庭で育ったからなんだなと納得してしまった。
「みんな、そこ座ってくれ。食べたいものはあるか?」
「こちらの料理を知らないから、お勧めを」
ティカ隊長に案内されて、窓際のテーブルに座る。店内はこじんまりとしているが、清潔でシンプルで落ち着く。この辺りはドワーフらしい几帳面さなのかも。
客の入りは八割といったところか。漏れ聞こえてくる会話から、常連客が多いことがわかる。
さっきから良い匂いがしていて、期待が高まる。
「いまゲミュートリッヒが美食の魔境になっていると聞いて、父は負けられないと張り切ってるんですよ」
「「え」」
マルカさんの言葉にヘイゼルと俺は驚くが、ティカ隊長とナルエルは頷くだけだ。たしかに最近はワイバーンやらなんやら、変わったものを食べる機会は多かったけどな。あれが美食かと言われると……どうなんだろ。
しかし、こっちのひと魔境呼び好きだな。
「お待たせ。マカの名物、マイバルトーンですよ」
隊長のお母さんが運んできてくれたのは、俺には見たことも聞いたこともない料理だった。
パッと見は、巨大なピロシキといったところ。元いた世界のステーキ皿みたく、木の板が敷かれた小さめの
えらい美味そう。そして、ムッチャでかい。こっちの世界では普通なのかもしれんけど、ラグビーボールくらいある。
皿が配られたので、取り分けるんだとわかりホッとする。これがひとりずつ出されたら絶対に食い切れん。
「こっちはミルワンクで、こっちがガーブ」
……いっぱい来た。どれも美味そうだけど、みんなパーティサイズじゃん!
親父さんと目が合うと、“若者はいっぱい食え!”って感じの良い笑顔を返された。うん、ありがたいですが、俺そんなに若くないんですよ……
ミルワンクというのはシチューとグラタンの中間といった感じのもので、ガーブは……なんだろう、麺の一種なのか細長い帯状のものに具沢山のソースが掛けられている。
「いただきます」
「どうぞ♪」
いま気付いたけど、このフレーズ言ってんの俺だけっぽいな。つうか、元いた世界でも日本人くらいか。
「う、美味ッ!」
なんだこれ。マイバルトーンって巨大ピロシキかと思ったら、切り分けられた中身は、ほぼ肉だ。それも薄肉を重ねて間にソースを挟んだもの。ミルフィーユカツの中身を丸くしてパイで包み焼きにした感じ。
脂の甘さと濃い肉汁とチーズっぽいソースが合わさって、噛むたびに旨味の洪水。その後からハーブの風味が追いかけてくる。コッテリしてるのに味付けは繊細で、これはムチャクチャ美味い。
「とっても美味しいです。これは何のお肉なんですか?」
「俺も気になった。食べたことない味だ」
「ここのダンジョンで獲れる、マイノーターって魔物だ」
ティカ隊長の説明によると、興奮すると二足歩行する巨大な牛。いわゆるミノタウロスのようだ。言われてみれば、肉質はなんとなく牛肉に近いといえば近いか。
見た目はそんなに人間ぽくないと聞いて、内心ちょっとだけ安心する。前に食べたオーク肉も美味しかったんだけど、個人的に食材は人型じゃない方がありがたい。
「……このミルワンク、美味。……とても、とても美味」
ふと見るとナルエルが泣きそうな顔で皿を抱え込み、グラタン的なものを噛み締めていた。
彼女はこの辺りの出身だから、ミルワンクという料理は食べ慣れているわけだ。そうか、そんなに懐かしいか。
「……
「心温まる系かと思ったら、すげー重い話だった」
それはともかく、ミルワンクというのは野菜たっぷりの濃いめポトフにパン粉を振って焼き目をつけたような料理だ。これもチーズっぽい風味と味わいがある。
「マカの料理は、どれも
「ドワーフの頑丈な身体は、乳酪が作るって言われているんです」
お母さんと妹さんの解説で、ここは乳製品の需要と供給が多いことがわかった。
ミノタウルス、飼育してるのね。その農場、見たいような見たくないような。
「ミーチャさん、これも素晴らしい味です」
ヘイゼルがもうひとつの料理を取り分けてくれた。
ガーブ、だっけ。見た目は、イタリアの
「ティカ隊長……これは、エビ?」
「ああ。鉱山の地底湖にいる
「沼じゃないのにヌマエビとは……あ、美味い」
「だろ。こっちのは沼じゃないから、泥臭くないんだ。ちょっと小さいけどな」
ゲミュートリッヒの沼海老は伊勢海老とかロブスターのサイズらしいけど、このエビだってブラックタイガーくらいはあって十分にデカい。それが見えてるだけで十数匹は入ってるんだから贅沢なもんだ。
野菜とエビの風味が滑らかな乳脂と絡まって、山盛りの麺がスルスルと入ってゆく。ヤバい、これ止まらん……!
「「……美味しかった……」」
「ありがとうございます。喜んでもらえて嬉しいですよ」
食後にお母さんの煎れてくれた香草茶をいただいて、至福のひととき。
ただ、いまは腹いっぱい過ぎて動きたくない。
「……まさか、マカに、こんなに美味しいものがあったとは……」
当時の食生活を思い出すとナルエルさんの心の闇が開きそうなので、そこは聞き流しておこう。
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