ハンマー&アンヴィル

 鉱山都市という名称から某アニメみたいな火と煙と油と塵灰にまみれた暮らしをイメージしていたのだけれども。マカを訪れて早々に、ここは文明レベルはもちろん文化レベルも高いことがわかった。

 そもそも、鍛冶場から煙があまり出ていない。


「煙の粒子つぶは水魔法の応用で回収する。鉱毒水も。浄化して生活用の燃料や水に変える」

「……すげえエコだな」


 俺とヘイゼルは、ナルエルの案内でマカの街を歩く。彼女が暮らしていたのは十キロほど離れたシュルワという寒村らしいけれども、十五歳成人になるまでの三年ほどは頻繁に出入りしていたというから土地勘はある。

 鍛冶屋の親方やら魔導師やら飯屋の亭主やらと挨拶をしているが、どうも温度差というか気拙さがあるような印象。何があったのか知らんが、これは気楽に案内を頼んだのは悪かったかな。


「問題ない」


 俺が軽く謝ると、短い返事が返ってきた。


「マカにいた頃のわたしは、愚かだった。それだけのこと。だから、この……身悶えながら転げ回って奇声を発したくなるような羞恥は、自業自得」

「いや、スゲー問題ありそうじゃん! ナニやらかしたんだよ⁉︎」

「ナルエルちゃん意外と暴れん坊だったとか?」


 いくぶん赤い顔で、ナルエルはボソボソと告白する。

 彼女は幼い頃から才能に溢れ知識欲が旺盛で、しかも勤勉だった。自分の能力で何ができるのか、限界を求めて常に足掻いていた。まだ見ぬ真理を求めていたのだけれども、それを上手く表現できなかった。精神的にも幼かったので周囲を気遣うこともできず、空気を読むこともできなかった。


「それで?」

「腕が良い職人や、設計技師や、魔導師がいると聞いては、その……訪ねていって、や、を」


 彼女は要するに、成人前から薙ぎ倒しモウダンだったわけだ。


「わたしがタキステナに行ったのは、正しかった。あの学術都市に、価値があったとは思わない。でも、ここにいたら、壊れていた」

「……」


 誰が、とか。何が、とか。どのように、とかの質問はやめておこう。

 ウチの子たち、みんな闇深いな。


「そういうわけで、ここがマカで最高の魔道具工房」

「どういうわけか知らんが、入って大丈夫なんだろうな」

「シュルワから出てきたわたしを、受け入れてくれた。最初で最後の雇用者」

「へえ……いや、なんて?」

「言うこと聞かないから、馘首くびになった」

「おい」


 店先で漫才みたいな会話をしているところに、中年男性が出てきた。いかにもドワーフなヒゲモジャで、短躯ながらも筋骨隆々。清潔そうなツナギを着てる彼は、ナルエルを見て困ったような笑みを浮かべる。

 手放しで喜んでこそいないが、どうやら悪意はなさそう。


「ナルエル」

「工房長、久しぶり」

「マカに戻った、ってわけじゃなさそうだな」

「うん。いまはゲミュートリッヒ」


 彼は隣にいる俺とヘイゼルを見て、なんとなく状況を察したようだ。

 積もる話でもあるだろうとナルエルと工房長を置いて、俺たちは工房を見せてもらうことにした。


「いらっしゃい」


 工房とつながった店舗は狭いながらも小綺麗に整頓され、魔道具や魔法の術式巻物スクロールなどが並んでいる。

 店番に立っていたのは二十歳そこそこに見える男の子というか青年というか。人懐っこい顔のドワーフだ。


「何か探しもの?」

「いや、マカは初めてでね。魔道具ならここが一番だって聞いたから立ち寄らせてもらった」

「ああ、最初にのがウチだからね」


 ドワーフ青年は、店先で話している工房長とナルエルを見て苦笑する。彼らは思い出話でもしてるのかと思えば、ジェスチャーを見る限り小難しい技術論を戦わせているようだ。

 いや、なんでそうなる。


「工房長も、結局は同類なんだよ。それをいうならマカの連中はみんなさ」

「さっきは、困った顔してたけど」

「そりゃそうだ。ナルエルは、ウチの看板を背負ってる自覚もないまま、手当たり次第に暴れ回ったからね。腕が良い奴ほど、ボッコボコに振り回された」


 おそらく彼も犠牲者のひとりだったのだろうが、嬉しそうに笑う。


「そりゃ迷惑だったし、あれこれ損害も大きかった。でもそれ以上にワクワクさせられて、技術と理論に凄まじい発展を生んだ。知識と技術と才能でできた嵐みたいだったな。あいつがタキステナに行っちまって、やっとマカは静かになった」


 えらい言われようだな。嫌われてる風でもないのが、よくわからん。


「けど、つまんなくもなったよ。年寄ほど言うんだ、“あいつはマカを百年進歩させた”ってさ」


 ナルエル先生の武勇伝も聞かせてもらったことだし、商品を見せてもらおう。

 抱っこ戦闘機エルミとマチルダが使えそうな小型の魔導通信器マギコミュニカがあったので、予備含め何種類か購入。イギリス軍のヘッドセット型“軍用携帯無線機P R R”は通信距離が短くて、用途に合っていなかったのだ。

 あとはゲミュートリッヒのお土産に照明用の魔道具をいくつかと、魔物の撃退に使えそうな魔道具を何種類か。ナルエルの置き土産だというマカ名産、“水の吸収・浄化・放出スクロール”を二十枚ほど。


「農具はある?」

すきくわ・鎌の在庫はあるよ。マカじゃ売れないから店には置かないけど」

「それじゃ、十本ずつ」


 支払いは合計で金貨十枚弱。現地の実勢価格で二、三十万円くらいか。安いのか高いのかは、わからん。


「ありがとう」

「こちらこそ、たくさん買ってもらってありがとう。それと……」

「ん?」

「ナルエルを、よろしく」


 そう言われてもな、と思いながらヘイゼルと顔を見合わせると、青年は笑いながら肩を竦めた。


「ずーっと飢えた猛獣みたいだったのに、いまの彼女は満たされた顔してる。どこで何があったのかは知らないけど、あの化け物じみた知識欲を満たしたのが、タキステナじゃないことだけはわかるよ」

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