ポップンチキン

 大変すばらしい料理を堪能させていただいた、ティカ隊長のご実家訪問。

 ご両親にお代は受け取ってもらえなかったので、代わりにお酒を渡しておこう。お父さんには、ボトル入り定番ウィスキーとアルミの小樽に入ったエール。


「これ、ウチの酒場で出している酒なんですが」

「おお、これが噂の……⁉︎」


 えらい驚いているけれども、どんな噂ですかそれ。

 隊長は呑まないけど、親父さんは酒好きのようだ。お母さんと妹さんには市販の焼き菓子、ついでに一・三六キロ三ポンド袋入りの砂糖と塩を渡す。


「却ってお気遣いいただいて、すみません」

「ありがとうございます」

「いえいえ。ゲミュートリッヒは、マカと交易を始めようと思っているんですよ。こういった商品を考えてますので、ティカさん経由でも感想を伝えてもらえると助かります」


 今後はマカとの行き来も楽になるはずなので、頻繁に帰ってこれるだろうしな。

 エインケル翁はサーエルバンとゲミュートリッヒが転移魔法陣で繋がってることを知ってる。もうひと組の転移魔法陣を用意して、マカの領主館にも設置しようという話になってるのだ。

 現時点で接続予定はサーエルバン。ゲミュートリッヒはあまりに小規模・少人数すぎて、商業的にも人員的にも対処能力がない。


「それじゃ、またな」

「おうティカ、しっかりやれ」

「ティカ、身体に気を付けてね」

「お姉ちゃん、あんまり無茶しないようにね」

「わかったわかった。大丈夫だ、ゲミュートリッヒは……あれだ。いろいろと常識外れだからな」


 それは安心材料じゃないのでは、と思わんでもないが。家族との挨拶を済ませると、隊長は俺たちと店を出る。


「良いお店でしたね」

「美味かった……」

「あたしも、喜んでもらえて良かった」

「すばらしい美味。あれは、わたしの知らないマカ」


 うっとり半分、納得いかないのが半分という感じのナルエル。

 それは……あなたのいた世界が狭過ぎたからなのでは。


「ヘイゼル、もうエインケルさんとの話は済んでるんだっけ?」

「はい。マカ領主エインケルさんと、サーエルバン領主代行サーベイさんと、わたしで、なにか進展あれば連絡することになっています」

「それは聞いたが……あの爺さん、またゲミュートリッヒに現れそうだな」


 ティカ隊長は苦笑するけど、俺も同感だ。

 とりあえずの用は済んだので、俺たちはゲミュートリッヒに戻る。まだ昼を少し回ったくらいなので、明るいうちに帰れそうだ。


「街の外まで出て、車を出しましょう」


 ヘイゼルの提案で、リンクス ヘリを出せそうな場所まで陸路を移動することになった。マカは鉱山都市というだけあって、基本的にあまり開けた場所がないのだ。

 来たときに着陸した台地も、けっこう街まで距離があった。


「それじゃ、こっちだな」


 ティカ隊長の案内で、街の南側に向かう。来たときは北側の正門から入ったので、初めて見る地域だ。いくつもの鉱山に向かうルートが枝分かれして、迷路のようになっている。


「ナルエルも、この辺りは土地勘あるのか?」

「自分の接してきた領域だけ。ここの住人でも、全部は覚えない」

「あたしも、知ってるのは大きな道だけだな」


 鉱山は素材の産出状況によって、道が作られたり潰されたり連結されたりが行われる。細かい部分は頻繁に変わるから、覚えても意味がないそうだ。迷いなく歩いてるから詳しいのかと思ったら、ティカ隊長もナルエルも方角と大きな目印ランドマークを基準にしているだけらしい。

 いくつも梯子と階段と坑道を通って、十五分ほどで小さな山の上に出た。高さは二十メートルほどあり、マカの街が一望できる。


「そこを渡れば、サーエルバンに向かう道に出る」

「え」


 ティカ隊長が指したのは、鉱山の谷間を渡る吊り橋。

 適当な丸太をロープで繋いだシンプルにも程がある代物なんだけど。その間隔が、ちょっとしたアスレチック並みに離れている。

 踏み外しても落下するほどではないが、腰くらいまではズボッといきそう。


「……おぅふ」


 隙間から下が見えまくりな上に、それが地上まで二十メートルほどという最も恐怖感を煽る高さ。地面で動いてるひとやら何やらをハッキリ視認できる距離感が、妙なリアリティを感じさせる。


「ミーチャさん、もしかして高所恐怖症アクロフォビアですか?」

「違う、と思う」


 むしろ、この状況で怖いと思わない方がおかしいだろ。本来の高所恐怖症って、“落ちる危険がない状況でも怯える”って症状じゃなかったか。

 足が竦んで動けない俺に気付きもせず、ティカ隊長とナルエルは軽い足取りで吊り橋を渡ってゆく。小柄な彼女たちが歩いただけで、橋全体がブワンブワン揺れてるんだけど、どうなのそれ。

 渡りきったふたりが、不思議そうな顔でこちらを振り返る。


「おーいミーチャ、どうした〜?」

「だ、大丈夫だ。ちょっと待って」


 ヤベぇ、ガチで怖いぞ。

 対岸までは十五メートルほどか。いまの俺には、その距離がどんどん遠ざかっていくようにさえ見える。


「ミーチャさん。無理なら、わたしが背負って渡りましょうか?」

「え、いや……なんぼなんでも、それは勘弁して」


 体格的には中学生女子に背負われる中年男、みたいな絵ヅラになってしまう。それはない。いろんな意味で、ありえん。

 意を決して最初の一歩を踏み出すと、足を乗せた丸太がふんにゃりと十センチほど沈んだ。


「おいー! 初っ端からこれか⁉︎」

「大丈夫ですよ、そのロープをつかんでいれば落ちません」


 ホントに落ちませんかね⁉︎ 横に通してあるロープが、また冗談みたいにユルンユルンなんですけど! 構造的に考えればこのユルンユルン度合いは橋の中心部で最大値になるわけじゃないですか!


「ミーチャさん、そのまま。目をつぶっちゃダメですよ」

「わかってる。ちょ、いま話し掛けないで……」

「足の動きが、不思議な部族の踊りみたいになってます」

「やかましい」


 生まれたての小鹿どころの話じゃない。わかってはいても、どうもならん。

 俺が橋の半分を超えたところで、急にヘイゼルの気配が変わった。彼女は後ろにいて、姿は見えないけど。振り向く余裕もないけど。クスクス笑ってた雰囲気が、一瞬で切り替わった。

 わずかに視線だけ動かすと、対岸でこちらを見ていたティカ隊長とナルエルも周囲に視線を投げている。


「ヘイゼル、何があった」

「北側の鐘楼で半鐘が鳴っていますね。事故か襲撃か……いずれにせよ、ここにいては危険です。急いで渡りましょう」


 いや、それができないから苦労してるんですけどね⁉︎

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