鉄の絆

「さて……通常、砲兵は地図と観測値から座標を調整するのですが」

「だよね。異世界じゃ衛生測位システムG P Sがあるわけじゃないし。目視外だと、どうすんのかなって」


 俺の懸念を聞いて振り返ったヘイゼルはニッと笑って光るパネルを展開させた。

 いつものDSDよりも、ずいぶんと画面サイズが大きい。


「こんなこともあろうかと」


 表示されたのは等高線と升目グリッドが入っている地図。ただ、表示部分された部分は東西に細長く、その外側は何も描かれていない。

 なんでこんなものを把握できるのかと思った俺の視線に気付いたらしく、ヘイゼルは小首を傾げて笑った。


英国的プリペアド・下準備ブリテン

「ぜったい違うと思うぞ」

「わたしの索敵機能で把握済みの範囲は、こちらに記入されています」

「この光ってる紫の点が現在位置?」

「重なっているので紫に見えてますが、青い光点がミーチャさんで、赤い光点がエルミちゃんです。他にも接触済みの方は表示可能ですが、いまは消しています」


 ヘイゼルが表示オン非表示オフすると、何色かの光点が紫点俺たちの周りと北東部――たぶんサーエルバン――に固まって明滅する。


「え……すげえな、ヘイゼルの謎機能。ホント、何者?」

英国製ブリテンメイドですが。お褒めに預かり光栄です」


 褒めて……ない、こともないが。うん、まさにチートだな。

 地図の縮尺がわからないけど、記入されているのはエーデルバーデンとゲミュートリッヒ、サーエルバンとその周辺だけだ。測量済みなのはヘイゼルが行ったことのある地域とその周辺数キロだけのようだ。


「これ、測定済みの範囲はどのくらい?」

「わたしを起点に半径六・四キロ四哩ほどでしょうか。ここから25ポンド砲を仰角いっぱいで発射するとしたら、まだ敵は測量範囲外ですね」


 北東方向の山岳地帯は未踏地なので地図が起こされていない。北北東に位置する山中のダンジョンまでは行ったことがあるので、ヘイゼルが把握済みの範囲はゲミュートリッヒから北北東方向に約十五、六キロ十哩前後

 エルミたち抱っこ偵察機が敵を発見したのは、その側にある空白部分だ。


「その後も接近を続けているとしたら、もうすぐ25ポンド砲の最大射程圏内に入るわけだな」

「はい。エルミちゃんマチルダちゃん、弾着観測オブザベイションをお願いできますか? 榴弾タマを落とす場所を教えてもらえれば、こちらで調整しますから」

「わかったニャ」

「任セろ!」


 あいにく新規調達したばかりのヘッドセット型“軍用携帯無線機P R R”の通信距離は五百メートルほどしかない。長距離通信機は高額な上に、ふだん使い道がない。持って飛ぶのにも向いていない。必要ならほぼ同機能で軽量の魔導通信器マギコミュニカをひと組、手に入れたほうが良い。

 というわけで、着弾観測は旋回で指示してもらうことになった。


「標的の周囲を二度旋回したら、そこに砲撃を行います」

反時計回りこっち向きで、“脅威あり”。時計回り逆向きで、“脅威なし”なのニャ?」


 エルミとマチルダが、ヘイゼルに指で旋回の方向を示す。


「はい。地上に脅威が残っているときは、左旋回の方が射撃しやすいでしょう?」

「そうニャ。ヘイゼルちゃん気が効くのニャ」


 臨時砲兵グループドワーフ爺ちゃんズの砲撃準備が済むと、ヘイゼルが抱っこ観測機組エルミ&マチルダに声を掛けた。


「では、お願いします」

「任セろ!」


 短機関銃ステンを胸の前にぶら下げたエルミが、背後からマチルダに抱き抱えられる。ふたりとも妙に幸せそうな顔してるのが、オッサンには甘酸っぱくてモヤモヤするけれども。

 まあ、良い関係なのだろう。


くゾ、エルミ!」

「はいニャー♪」


 バサッと巨大な魔力の翼を広げて、抱っこ観測機は通りから飛び立つ。歓声とともに加速したふたりは、あっという間に高度を上げて、すぐに見えなくなった。 


◇ ◇


 猟兵十二名を率いた魔導師ソクルは、鬱蒼とした森のなかを掻き分けながら進む。

 領主命令で編成された、特別任務部隊。学術都市タキステナで学籍を持ったことのある者ならば、エルフの領主オルークファが得体の知れない人物だと知っている。鑑定魔導師としての技術と経験を除き、かろうじて褒められるのは金払いの良さくらいだ。

 報酬を前渡しにしてもらって正解だったと、慰めにもならない思いを抱く。猟兵どもの“隷従の首飾りくびわ”を見るまでもなく、捨て駒だとはわかっていたのだ。

 ソクルは研究室の助手として教授の汚職に巻き込まれ、罪をなすりつけられて奴隷落ち。猟兵どもも境遇は似たようなものだ。


「おい、ゲミュートリッヒまで、どのくらいだ」

「およそ十三キロ弱八哩、この先の稜線に出れば見えてきます」


 猟兵の長サイゼルが頭上の尾根を指差す。高低差は四百メートル四半哩ほどか。途中に遮蔽となる岩がいくつかあるものの、登攀中は基本的に無防備だ。


「あの空飛ぶ亜人は、また来るでしょうか」

「さあな」


 やるべきことをやるだけだ。考えることは求められていない。進路索敵サーチ姿態隠蔽ハイドを交互に行いつつ、敵や魔物が現れれば物理遮断シールドを掛ける。そうして向かう先は亜人の新興勢力が巣食う辺境の町だ。

 何度も王国正規軍を退け、聖国の強襲僧兵までもを屠ったというアイルヘルンの病巣。大量の物資流入により独立の気運さえ見られるという異常事態だ。“賢人会議”の領主どもがその力を放置できないのは理解できるものの、ソクルにとっては所詮、他人事だった。

 奇妙な飛行魔法を使う、あの亜人ふたり組を目にするまでは。


 そいつらは、八百メートル半哩ほど先からこちらの隠蔽魔法を見破った。上空を旋回しながらこちらを観察し、放たれた矢も風魔法も難なく躱して、何度か魔道具による攻撃を行ってきたのだ。

 死を覚悟しながら姿態隠蔽ハイドで物陰に隠れ、物理遮断シールドで身を固めていたが、すぐに飽きたとでもいうような素っ気なさでに帰っていった。


 攻撃に使われたのは、サーエルバンで報告のあった魔道具だろう。それが王国屈指の古兵ふるつわもの、“剣王”メフェルを葬ったと聞いている。


「サーエルバン周辺から出ていた数々の戦勝報告、ただの駄法螺か情報操作と思っていましたが」

「ああ。あんなのが平気で出てくるなら、噂は本当だったようだな」


 事実を知ったところで、いまさら引き返せない。もう敵には察知されている。監視役の自分はともかく、潜入と破壊工作を命じられた猟兵部隊が生きて帰れる確率は皆無。十二名が全滅する状況ならば、指揮官だけが生き残る可能性もない。

 まあ良い、とソクルは笑う。生き延びて立て直せる暮らしもない。何もかも上手くいかなかった人生の最後で、家族にまとまったカネを遺せただけでも僥倖というものだ。


「さて、やってやろうじゃねえか。人間様の意地を、半獣どもに見せてやるぞ!」

「「応ッ‼︎」」

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