鉄の絆
「さて……通常、砲兵は地図と観測値から座標を調整するのですが」
「だよね。異世界じゃ
俺の懸念を聞いて振り返ったヘイゼルはニッと笑って光るパネルを展開させた。
いつものDSDよりも、ずいぶんと画面サイズが大きい。
「こんなこともあろうかと」
表示されたのは等高線と
なんでこんなものを把握できるのかと思った俺の視線に気付いたらしく、ヘイゼルは小首を傾げて笑った。
「
「ぜったい違うと思うぞ」
「わたしの索敵機能で把握済みの範囲は、こちらに記入されています」
「この光ってる紫の点が現在位置?」
「重なっているので紫に見えてますが、青い光点がミーチャさんで、赤い光点がエルミちゃんです。他にも接触済みの方は表示可能ですが、いまは消しています」
ヘイゼルが
「え……すげえな、ヘイゼルの謎機能。ホント、何者?」
「
褒めて……ない、こともないが。うん、まさにチートだな。
地図の縮尺がわからないけど、記入されているのはエーデルバーデンとゲミュートリッヒ、サーエルバンとその周辺だけだ。測量済みなのはヘイゼルが行ったことのある地域とその周辺数キロだけのようだ。
「これ、測定済みの範囲はどのくらい?」
「わたしを起点に半径
北東方向の山岳地帯は未踏地なので地図が起こされていない。北北東に位置する山中のダンジョンまでは行ったことがあるので、ヘイゼルが把握済みの範囲はゲミュートリッヒから北北東方向に約
エルミたち抱っこ偵察機が敵を発見したのは、その
「その後も接近を続けているとしたら、もうすぐ25ポンド砲の最大射程圏内に入るわけだな」
「はい。エルミちゃんマチルダちゃん、
「わかったニャ」
「任セろ!」
あいにく新規調達したばかりのヘッドセット型“
というわけで、着弾観測は旋回で指示してもらうことになった。
「標的の周囲を二度旋回したら、そこに砲撃を行います」
「
エルミとマチルダが、ヘイゼルに指で旋回の方向を示す。
「はい。地上に脅威が残っているときは、左旋回の方が射撃しやすいでしょう?」
「そうニャ。ヘイゼルちゃん気が効くのニャ」
「では、お願いします」
「任セろ!」
まあ、良い関係なのだろう。
「
「はいニャー♪」
バサッと巨大な魔力の翼を広げて、抱っこ観測機は通りから飛び立つ。歓声とともに加速したふたりは、あっという間に高度を上げて、すぐに見えなくなった。
◇ ◇
猟兵十二名を率いた魔導師ソクルは、鬱蒼とした森のなかを掻き分けながら進む。
領主命令で編成された、特別任務部隊。学術都市タキステナで学籍を持ったことのある者ならば、エルフの領主オルークファが得体の知れない人物だと知っている。鑑定魔導師としての技術と経験を除き、かろうじて褒められるのは金払いの良さくらいだ。
報酬を前渡しにしてもらって正解だったと、慰めにもならない思いを抱く。猟兵どもの“
ソクルは研究室の助手として教授の汚職に巻き込まれ、罪をなすりつけられて奴隷落ち。猟兵どもも境遇は似たようなものだ。
「おい、ゲミュートリッヒまで、どのくらいだ」
「およそ
猟兵の長サイゼルが頭上の尾根を指差す。高低差は
「あの空飛ぶ亜人は、また来るでしょうか」
「さあな」
やるべきことをやるだけだ。考えることは求められていない。
何度も王国正規軍を退け、聖国の強襲僧兵までもを屠ったというアイルヘルンの病巣。大量の物資流入により独立の気運さえ見られるという異常事態だ。“賢人会議”の領主どもがその力を放置できないのは理解できるものの、ソクルにとっては所詮、他人事だった。
奇妙な飛行魔法を使う、あの亜人ふたり組を目にするまでは。
そいつらは、
死を覚悟しながら
攻撃に使われたのは、サーエルバンで報告のあった魔道具だろう。それが王国屈指の
「サーエルバン周辺から出ていた数々の戦勝報告、ただの駄法螺か情報操作と思っていましたが」
「ああ。あんなのが平気で出てくるなら、噂は本当だったようだな」
事実を知ったところで、いまさら引き返せない。もう敵には察知されている。監視役の自分はともかく、潜入と破壊工作を命じられた猟兵部隊が生きて帰れる確率は皆無。十二名が全滅する状況ならば、指揮官だけが生き残る可能性もない。
まあ良い、とソクルは笑う。生き延びて立て直せる暮らしもない。何もかも上手くいかなかった人生の最後で、家族にまとまったカネを遺せただけでも僥倖というものだ。
「さて、やってやろうじゃねえか。人間様の意地を、半獣どもに見せてやるぞ!」
「「応ッ‼︎」」
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