アーティラリーズ

「照準、右二十二、仰角三十五!」

「右二十二ッ、仰角三十五ぉ!」

「応ッ!」


 ヘイゼルは手元で光るパネルを確認しながら、砲兵ドワーフたちに指示を伝えてゆく。回転砲座プラットフォームに載せられた25ポンド砲は射角と仰角を素早く調整されて次の合図を待つ。

 触るどころか見るのも初めてだろうに、ドワーフの爺ちゃんたちはすごい手際の良さだ。

 とりあえず俺も横に立ってはいるものの、特に仕事はない。うん、役立たず感。


「照準よしッ!」

「装填開始、弾種・榴弾! 装薬2号!」

「弾種・榴弾ッ! 装薬2号ッ!」

「応ッ!」


 ドワーフの爺ちゃん砲兵たちが砲尾を開けた砲身にまずは砲弾を押し込み、続いて金属薬莢で2号装薬を込める。三種類ある装薬のうち中間の威力を持ったものだそうな。別体式の分離薬莢砲は装填が面倒な印象だけど、細かい調整が可能な利点はある。

 理屈はともかく、利便性を二の次に考えるのが頑固なイギリス人ぽい。


「装填よしッ!」


 調達したのはHE弾だけなんだけど、25ポンド砲は徹甲A P弾や対戦車成形炸薬H E A T弾による直射も可能なので、いまのうちに弾種と装薬の指示を習慣化しているようだ。


「マチルダたち、ずいぶん早いな。もう敵地上空か?」

「まだですが、あと数分で到着します」


 ヘイゼルが指したパネルを見ると、赤い光点が地図上を高速移動していた。


「マチルダちゃん……巡航速度でも時速約二百キロ百二十マイルは出てますね。軽飛行機並みです」


 軽飛行機というのは、いわゆるセスナ機だ。マチルダの全力飛行がどのくらい速いのか不明だが、おそらくこの世界で彼女に追いつける移動物体はワイバーンくらいだろう。


「……脅威なしサインライトターンを始めました」

「敵を発見した、けど脅威じゃない?」


 ヘイゼルの指が示す先。マチルダが旋回しているのはギリギリ表示圏外だが、等高線の端が見えている。


「山岳部の、射撃不能な側ビハインドにいると伝えているのでしょう。あのふたり、頭の回転が良いです」

「うん」

「機動が不規則に振れてますね。攻撃を受けているか、稜線に誘い出そうとしているか」


 見えない彼方の光景を推測し脳裏に浮かべながら、俺たちは砲撃の指示を待つ。

 旋回する光点の軌道が、一度大きく外れる。そのまま離脱するかと思われたところで反転、脅威ありサインレフトターンを始めた。


「照準、右二度修正!」

「右二度修正ッ!」

「応ッ!」


「照準修正よしッ!」

「発射用意!」

「発射用意よし!」


 まずは一周。ドワーフたちも町の住民も、固唾を飲んで身構えるなかでヘイゼルがパネルの表示を見守る。

 挙げられた手が、北東目掛けて振り下ろされた。


発射ファイアッ!」


◇ ◇


「エルミ! その先に、反応があル!」

「マチルダちゃん、もう少し左ニャ!」


 ゲミュートリッヒから真っ直ぐに飛んできたふたりは、早くも敵の一団を発見していた。

 マチルダが魔力感知で大まかな位置を把握し、エルミが視力と勘で細かい状態を特定する。急勾配の山肌に張り付いた敵を見て、狩り出すか釣り出すかで迷いがあった。


「岩陰に隠れちゃったのニャ……!」

「どうスる、南西側あちラに露出させルか⁉︎」


 ふたりとも、“25ぱうんだー”とかいう新兵器の性能は、ヘイゼルから説明されたところで全てを理解はできなかった。それでも、それがステンやブレン、ボーイス対戦車ライフルと同一線上にあるものだと把握していた。

 つまり、いかに威力があろうとゲミュートリッヒから見える位置に置かなければ効果が薄いこともだ。


「まず、右回りニャ!」

「なに⁉︎ ……イや、なるホど。わかっタ!」


 いきなり“脅威なし”でヘイゼルに通じるかは賭けだが、ふたりとも、わかってもらえる気はしていた。

 旋回しながら、エルミが短機関銃ステンで敵に点射を浴びせる。登攀中では一箇所に固まっていられず、魔導防壁の効果範囲外にいた猟兵が何人か被弾して悲鳴を上げる。


「いイぞ! 致命傷にはナらなくテも、集団の足止めにはなル!」

「猟兵は、怪我人のために足は止めないと思うニャ」


 敵はすぐ遮蔽の陰に逃げ込み、攻撃か脱出の機会を窺っているのがわかる。


稜線てっぺんの南側まで追い込むニャ!」

「わかっタ!」


 マチルダは旋回しながら小刻みに不規則機動を行い、敵の注意と攻撃を引き付ける。

 物陰から露出した敵をエルミがステンガンで撃つものの、さほどのダメージは与えられない。倒すのが目的ではないため、気にせず単射セミオートでの射撃を続ける。


「次に攻撃を受けタら、少しだけ喰ラうゾ」

「マチルダちゃん、気を付けるニャ?」

「任せてオけ」


 負傷した兵に接近してゆくマチルダ。速度を落としたのを油断と見たか、離れた岩陰から続けざまに矢が放たれる。最初は矢は避けて、回避した方向に飛んできた数本を背中で受ける。


「ぎゃあアぁーッ、やーラーれーター!」


 マチルダはフラフラとよろめきながら上昇し、目標地点となっていた稜線に向かう。背後に離れてゆく北東側斜面から、歓声と鋭い命令が聞こえてきた。

 抱えられた身体を捻って傷の処置をしていたエルミが、顔を上げて赤い顔のマチルダを見る。


「……マチルダちゃん、何やらせてもスゴいのに演技はヘタクソなのニャ」

「そういうナ、誰でも苦手なコとくらいアる」

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