バーズアイ&ブルズアイ

 ヘイゼルが差し出したヘッドセット受け取って装着する。


「エルミ、もう少し詳細を教えてもらえるか?」

“あ、ミーチャ”


 飛行中の風切り音は入っているものの、案外クリアな音声が耳に飛び込んできた。


“ダンジョンの山から、ふたつ先の山で、ヒトっぽいのが隠れてるのニャ”

「ぽいって?」

“隠蔽魔法なのニャ。魔力は感じるけど、姿は見えないし気配も消されてるニャ”

「攻撃を受ける可能性もあるから、あまり近付くなよ」

“攻撃は、もう受けたのニャ”

「え」


 サラッと言われた言葉に、思わず血の気が引いた。


「おい、怪我は⁉︎」

“だいじょぶニャ。マチルダちゃんが楽々で避けてくれたニャ”

“当然ダ。あンなにノロマな矢なド、当たルはずがナい”


 少し遠い声で、エルミを抱えて飛ぶマチルダがうそぶくのが聞こえた。ふたりでクスクスと笑う声も。


「……うん、無事なら良かった」

“あの弓の威力と精度は、エルフじゃないニャ。攻撃魔法も、練ってる途中で霧散ちらしちゃってたニャ”

「魔導師としては、そんなに優秀じゃないってことか?」

“専門の魔導師じゃなくて、猟兵みたいなのだと思うのニャ”


 暗殺とか破壊工作とか、隠密行動を専門にする斥候職。

 ヘイゼルは、元いた世界の特殊部隊みたいなものだと言ってたけど。兵種としての役割は似ていても、一般の兵士や魔導師やその他の戦闘職と比べて猟兵が特に優れているわけではないようだ。

 むしろ、いままで接触したのは使い捨ての死兵として送り込まれてきた者ばかりだった。


「エルミ、サブマシンガンステンは持ってるよな?」

“もちろんニャ。けど、あいつら物陰から出てこないのニャ”


 こちらの素性と武器を知っている相手か。北東方向から来たということは、王国ではない。

 アイルヘルンの中央……いや、まず間違いなく“学術都市タキステナ”の領主オルークファが送ってきた兵だろう。


「そいつら、ゲミュートリッヒとの距離は、どのくらいある?」

“たぶん、二十四キロ十五哩くらいニャ”

「ありがとう、助かった。もう戻っていいぞ」

“りょーかいニャー”


 避難訓練を終えたティカ隊長をつかまえて、状況を説明する。

 苦い顔はしたものの、驚く様子はない。中央からの干渉が時間の問題でしかないことは、とうに覚悟していたのだろう。


「隊長、そいつらが現れるまで、どのくらい掛かる?」

「あの山を縦走して十五哩なら、早くても夕刻か。街道まで回り込んでも、歩きやすい代わりに距離は伸びるからな」


 ヘイゼルが笑顔で手を振ると、上空からバサリと大きな影が降りてきた。

 エルミを胸の前に抱えたままのマチルダが巨大な翼を畳むと、それは粒子状に霧散した。


「お疲れさん、助かったよ。エルミもマチルダも、お手柄だったな」

「えへへ……マチルダちゃんのお陰なのニャ」

「いいや、我らふタりの功績ダ!」


 うん。いくぶん過剰な親密さは相変わらずですな。いいけど。ぺローンと弛緩した顔でネコ娘を吸うなマチルダ。


「ナにか、奴らを屠れル武器はナいのカ?」

「旋回しながら軽機関銃ブレンガンじゃダメそう?」


 ステンの拳銃弾じゃ厳しくても、ブレンのフルサイズ小銃弾なら多少の遮蔽は貫通できぬけるはず。


「試さナいと効果はわかラんが、固まって魔導防壁を組んデいるようダ」

「やっぱり銃器への対策を考えているな。サーエルバンにいたタキステナ領主オルークファなら当然か」


 そのエルフ魔導師が敵対の意思を表明するなら、それはそれでかまわない。

 問題は、その猟兵どもが何を目的に向かってきているかだ。命じられたのが偵察だとしても、その段階はもう超えた。これ以上ゲミュートリッヒに近付いてくるなら損害を与える意図を持っているということだ。

 そのつもりなら、先に殺す。


「爆撃しましょう」


 妙に明るい口調でヘイゼルが言う。それが最善だとしたら迷うつもりはないけれども。


しょーもないストローピーチンケな連中ビッツ&ボブス相手に、わざわざリスクを冒す必要はありません。いまなら航空機爆弾エアリアルでも迫撃砲モーターでも野戦砲フィールドガンでも選び放題です」

「……まあ、そらそうだろうな」

「お勧めは、在庫豊富で安く信頼性の高いオードナンスQF25ポンド砲です。そのために開発された牽引トラックトラクターがモーリスC8、となればセットで買うのが常道。ここで買わない手はありません!」


 なんだかヘイゼルがグイグイ推してくる。武器ディーラーの本能に目覚めたか。


「最大射程は約十二キロ七哩半いまならエルミちゃんとマチルダちゃんに弾着観測オブザベイションをお願いできますから、敵の攻撃射程圏外アウトレンジからの殲滅が可能です」


 たしかに、落下型の爆弾をマチルダたちに抱えて飛んでもらって外れたらまた戻って……とやるくらいなら曲射砲の方が現実的か。

 ヘイゼルお勧めの25ポンド砲。価格は程度によって開きがあったが、中の上といったあたりのものを選んだ。

 榴弾百五十発付きで百万円強七千ポンド。高いのか安いのかわからん。DSDの性質上、元いた世界での調達価格よりは安いんだろうけどな。


「……それじゃ、運用は……」

「「「ミーチャ!」」」


 振り返ると、目をキラキラさせたドワーフの爺ちゃんたちに縋り付かれた。


「わしらに扱わせてくれ!」

「「頼む‼︎」」


 うん、なんとなくこうなる予感はしていた。さっきから彼らはヘイゼルの後ろで、野戦砲の原理と性能を喰い入るように聞いてたからな。

 前に渡した三門の2ポンド砲を扱って以来、ドワーフは銃よりも砲に強い関心を持つようになったようだ。その親玉みたいのが来るとなれば、こうもなるだろう。


「どんなもんか、さっきの説明でわかったのか?」

「無論じゃ。なあ?」

「「おうとも!」」

「要するに、“2ぽんど砲”は直射平撃ちで、“25ぽんど砲”は曲射山なりなんじゃろ。そして、今度のは砲弾タマが弾けて広域破壊を行うと」


 だいたい合ってる。むしろ俺より理解してそう。2ポンド砲は対戦車砲で、調達した弾薬も徹甲弾と訓練用空砲だけだった。今回は全てが榴弾だ。


「その砲弾タマは、どのくらい届くんじゃ?」

「さっきヘイゼルから聞いた話じゃ、最大で約十二キロ七哩半だってさ」

「「「おおおおぉ……⁉︎」」」


「ミーチャさん、25ポンド砲は2トン近くありますから、牽引トラックモーリスの近くの方が良いです」

「それじゃ、設置は鍛冶工房前にしようか。隊長、通りを塞ぐことになるけど」

「かまわん。町を守るためなら、いくらでも協力する」


 いよいよ砲が現れるとなったとき、噂を聞いたゲミュートリッヒの住民総出で見物に現れた。

 危険がないように距離は取ってもらっているけれども……なんか、みんな表情がおかしい。ティカ隊長が状況を説明したのに。猟兵の侵攻があると聞いてパニックどころかちょっとしたお祭り騒ぎである。


「それだけ、わたしたちを信用してもらっているということですよ」


 それはありがたいことだけどな。

 通りの真ん中に鎮座したのは25ポンド砲と弾薬運搬トレーラー、そこに準備万端の臨時砲兵グループドワーフ爺ちゃんズ抱っこ観測機組エルミ&マチルダが勢揃いして住民たちから声援と拍手を受けている。

 振り返った彼らに頷いて、砲兵指揮官ヘイゼルが笑った。


「さて、侵略者の殲滅を始めましょう」

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