ショートカッツ

「というわけで、ゲミュートリッヒ近くの襲撃地点から、転送魔法陣が手に入ったそうだ」


 サーエルバンの商業ギルド本部から回収したものと同タイプのそれは、ティカ隊長によれば数百の兵と補給物資を送り込める容量を持っているのだとか。

 転送のたびに魔力注入の必要はあるから、俺にはあまり縁のなさそうなアイテムだ。


「サーエルバンの転送魔法陣と繋げば、サーベイの旦那は移動や物資移送が楽になるな」


 人狼の護衛セバルさんは嬉しそうだ。そっか、どんだけの敵を殲滅できたかはまだ報告されていないけど、俺たちはコムラン聖国と聖教会を相手に――敵対してるのは亜人蔑視の強硬派だけだけど――全面戦争に入ったようなもんだ。強硬派にまだ生き残りがいれば、サーエルバンの重鎮であるサーベイさんは狙われる可能性が高まる。

 セバルさんたち護衛も神経を使うところだったが、転送ならそれが最小限にできる。


「でも、ゲミュートリッヒ以外からも転送されてくるようじゃ危なくて使えないな。隊長、転送元の選別はできないか?」

「そんな高度なもん、本職の魔導師じゃなきゃ無理だぞ。あたしにできるのはくらいだ」


 魔法陣の穴を修復できるのも十分に高度だと思うんだけどな。

 どうしたもんかと思う間もなく、サーベイさんがフォローしてくれた。


「職人ギルドになら、魔法陣を専門にする者もいますヨ。こっちで回収した魔法陣を持ち込んでみましょうネ」


 さっそくメイドさんを呼んで言付けを頼んでくれた。接続先固定ペアリングの方法が判明しだい、ゲミュートリッヒで回収した方をどうするか考えよう。

 転送用の環境と資材機材はサーエルバンが(実質サーベイさんが)負担してくれるそうだ。あら太っ腹。


「ミーチャ殿ヘイゼル殿、ティカ殿には、感謝してもしきれません。サーエルバンを守っていただいたお礼もできていないんですから、このくらいは喜んで引き受けさせていただきますヨ。ゲミュートリッヒと安全な商業路が確保できるなら、安いもんですからナ」


 商業的インフラが一気に解決。いきなりゲミュートリッヒが大きく発展し始めそうな予感がする。


災い転じてアブレッシンイン福となす・ディスガイズ、といったところでしょうか」

「商業ルートに関してはな。それ以外は、まだ問題だらけだ」


 俺の答えに、ヘイゼルは笑顔で頷く。それは彼女も理解しているんだろう。その上で、楽観的に考えようとしてる。最悪を想定して、最善を目指す。頑固なイギリス人のマイペースっぷりには定評がある。


「時間に余裕ができたら、他の町にも行ってみようかな」

「それもいいですね」


 サーエルバンはアイルヘルン有数の商都だと聞いたが、俺は他の商都……というか他の町を知らない。

 せいぜいしょーもないエーデルバーデンの端っこを体験したくらいだ。


「ミーチャさん、あれを」


 ヘイゼルがティールームの窓を開けて、西の方角を指す。

 黒く巨大な翼を広げて、何かが真っ直ぐこちらに飛んでくる。身構えかけたところでヘイゼルが俺の手を押さえた。


「マチルダちゃんと、エルミちゃんです」

「「「え?」」」


 テラスに出た俺たちは、ポカーンとした顔で飛んでくる何かを見つめる。

 ぐんぐん近付いてきたそれは、黒い蝙蝠みたいな翼を生やしたマチルダ。その胸元に抱えられているのは、たしかにエルミだ。マチルダよりひと周り小柄な上に手足がプラーンと弛緩しているので、抱っこされてるネコみたいだ。

 エルミは手に長い筒を持っている。銃かと思ったけど、どうも違うようだ。


「到着ダ」


 しゅたっと着地したマチルダは翼を消してエルミを下ろす。


「みんな大丈夫だったニャ?」

「いや、こっちはな。お前らの方だよ、心配してたのは」

「町のみんなで守って、ウチとマチルダちゃんで、やっつけたのニャ!」


 それな。いま筒持って飛んでたの見て、なんとなく絵面がわかった。ブレンかステンを装備した、この抱っこ攻撃機が敵の上空に現れたわけだ。

 相手は投石砲兵とか言ってたからアウトレンジからの攻撃前提。防御力も機動力も、ほぼ想定されてない。

 そら全滅もするわ。


「お届け物ニャー」


 エルミが抱えていた筒は転送魔法陣だった。衛兵サカフから通信内容を聞いて、必要だと判断したので持ってきてくれたそうだ。気が効く子たちだ。それはそれとして……


「ちょっと素朴な疑問なんだけど、マチルダ」

「……ン?」

「銃でも魔法陣でも、お前がひとりで運べば済む話ではないのか?」

「ないのだ!」

「ないのニャ!」


 即答。マチルダとエルミはギュッと一体化して胸を張る。なにそれ。


「飛行魔法は、魔力消費が大キ過ぎル。ワタシだけでハ、スぐ堕ちル」

「堕ちるのかよ。つうことは、エルミって……」


 ……増槽ドロップタンクか? と言いかけてやめた。まさか使い捨てドロップはせんだろうけど。どうやら、そんな単純な話ではなさそうなのだ。

 いつの間にやら、ふたりには確固たる自信と信頼関係が出来上がっていた。マチルダもエルミも、前まではどこか不安そうな顔をしていることも多かったのだけれども、いまはなんというか、歴戦の古兵ベテランといった風格さえ漂わせている。


「ウチとマチルダちゃんは、ふたりでひとつなのニャ!」


 エルミは、ぬふんと幸せそうな顔で笑う。たしかに、彼女たちはんだろう。それは、成長というにはあまりにも急激で、あまりにも強大だった。


「うム! ひとつナのダ!」


 マチルダは背後からエルミを抱き締めつつ、髪に顔を埋める。魔力を補給してるのかもしれんが、ネコを吸ってるようにしか見えん。


「常に循環し続けル、豊富で濃厚ナ魔力。これゾ命湧く泉、甘露……あと日向のヨうナ、良い匂いがすル」


 なんか魔族娘が饒舌になっとるな。ポワーンとした顔してるし。“吸うト気持ちが落ち着ク”って……ホントか⁉︎ お前、ホントにそれだけか⁉︎

 髪に顔埋めてフガフガいうてる魔族娘を、エルミがくすぐったそうに笑いながら撫でる。


 いや、これ見てるとモヤッとする。ものっそいモヤッとするぞ!

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