テイクミーハイア
「……ワタシは、この世界に来る前から、何かが欠けていタ」
なんでか少しだけ流暢になった口調で、マチルダが俺たちに話す。
ティールームのソファで、彼女の膝の上にはちんまりとエルミが丸まっている。口調も表情も内容もシリアスなんだけれども。モフモフの喉を撫でながらゴロゴロいわせてる画ヅラは、ただの愛猫家である。
「いってみれば、癒せない渇きのようなものダ。それは何をしても満たされず、ワタシはズっと、有りもしない何かを求めて焦り、悩んでいタ」
「マチルダちゃん……」
膝の上で見上げたエルミに、マチルダは柔らかな笑みで頷く。
「ああ、そうだ。エルミに触れタとき、彼女の魔力循環を我が胎内に通したとき、思っタ。いや、感じたのダ。……ようやく、見付けタと」
なるほど。まあ、めでたしめでたし、なのだろう。エルミも満更ではないというか、自分と価値を共有できる相手を見つけたような満足感がある。
なんか、ふんわりとした桃色のオーラを感じるのが引っ掛かるのだけれどもね。俺が鑑賞……もとい干渉する話でもない。
「それは良かったですね。きっと異世界転生も、必然だったんでしょう」
「……そう、ね」
「どうされましたミーチャさん」
「いや、なんでもない」
俺は何のために転生させられたのだと思っていただけだ。まあ前世では死んだんだろうし、いまの生活にも満足しているから構わんといえば構わんのだけど。
魔力ゼロの中年を召喚して誰に何のメリットがあるというのだ?
◇ ◇
「お待たせしました、ミーチャさん届きましたヨ」
しばらく席を外していたサーベイさんが、ティールームに戻ってきた。後に続いたメイドさんが抱えているのは、丸めた転送魔法陣。職人ギルドで魔法陣の専門家に
お待たせしましたとは言うものの、まだ小一時間と経っていない。
「早いですね」
「転送先を増やすのは難しいようですが、減らすのは比較的簡単らしいですナ。これで、この魔法陣はサーエルバンとゲミュートリッヒ以外には繋がらないようになりましたヨ」
ほら、って感じでテーブルの上に魔法陣を広げられたが、俺が見てもどこが変わったのかわからん。薄汚れた感じが綺麗になってるけど、それはただのクリーニングだろうな。
ヘイゼルとティカ隊長を見ると、ふたりとも頷いたので問題ないんだろう。こと魔法分野で、俺は役に立たんす。
サーベイさんとティカ隊長を交えて話し合った結果、魔法陣はしばらく一般市民への解放はしないことにした。
不特定多数の流出入が発生するとなれば、セキュリティ的には衛兵詰所付近に置くことになる。そうなると慢性的に人手不足なゲミュートリッヒ側が管理できないのだ。サーエルバンの衛兵隊も襲撃で死亡欠員の出たいまは町の防衛で精いっぱいだろう。
「ティカ殿、とりあえずサーエルバン側の魔法陣は、うちの商会倉庫に置くことになりますが、ゲミュートリッヒ側はどうされますかナ」
「鍛冶工房だろう。いまは広げて倉庫になってる」
俺もティカ隊長の意見に賛成だ。サイズはサーベイさんの倉庫と同じくらい。小さめの体育館ほどあって、まだスペースには余裕がある。ゲミュートリッヒの戦闘員の要で、頼りになるドワーフ爺ちゃんたちの鍛冶工房だ。緊急事態への対処能力もある。
帰ったら、ちゃんと話を通さないとな。
「サーベイの旦那、安全性の確保は頼むぞ」
「問題ありませんヨ、ティカ殿。商会の敷地内で、門衛の詰所を通らなきゃ行けないですからナ」
いまのところ直近の敵である聖教会の強硬派は殲滅したところだ。聖都と称する聖国の首都アイロディアの状況も、もう少ししたらギルド経由で情報が入るはずだ。
いまのところサーエルバンの各ギルドは何もわかっていないようだ。転送魔法陣で
「旦那様、商業ギルドから副ギルド長がお見えです」
噂をすれば影が差したか。メイドさんがサーベイさんにお伺いを立ててきた。
サーベイさんは俺たちに断ってから、副ギルド長をこの場に呼ぶことにした。
ティカ隊長が“業突く張りジジイ”と言ってたギルド長を含めて、商業ギルドの職員は避難して無事だったと聞いた。あちこち包帯巻いてボロボロな感じの中年男性が現れた。
「ミーチャ殿、こちらは商業ギルドの副ギルド長、マイルケ殿です。マイルケ殿、こちらはゲミュートリッヒのミーチャ殿」
「御高名はお聞きしておりました。マイルケと申します、以後お見知り置きを」
「ミーチャです」
「申し訳ありません、ギルド長はサーエルバンの名跡であるギルド会館を失って抜け殻のようになっておりまして」
俺たちが商業ギルド会館を崩落させたことをチクッと抗議されたけれども、鼻で笑うティカ隊長。
「サーエルバン奪還するために必要な措置だ。文句があるのなら、次からは貴様らが自ら命懸けで守れ」
「いえ、もちろん皆さんのご活躍には感謝しているのです。ですが……」
「なあマイルケ、用件だけ言ってくれ。あたしたちは商業ギルドの行く末にも爺さんの健康状態にも興味がない」
ティカ隊長のツッコミにぐぬぬと唸ったマイルケ氏は、役目を思い出したらしく懐から書類を出した。
それをザッと見たサーベイさんは、ティカ隊長に渡してくる。どうやら連絡用の魔道具、
俺は読めんので隊長に読んでくれと促した。
「報告内容がとっ散らかっていて、どういうことかサッパリわからん。報告者がこの世の終わりだと思ってることは読み取れたがな」
「ええ。相手は混乱し過ぎて、聞き取るのもひと苦労でした。ですが、文字通り“終わった”ようなのです」
「だから、何がだよ? ……アイロディアの商業ギルド会館も壊れたのか?」
「いいえ。政治、経済、軍事、
「……一般の、住民はどうした」
「市民層が暮らす区画の被害は軽微です。が……聖国において、彼ら市民は国政を判断する能力も資格もありません」
一般人の被害が軽微と聞いてホッとしつつ、俺は理解した。
ヘイゼルの爆弾は、極端な中央集権制を敷いていた国の首都を丸ごと消滅させた。
つまりコムラン聖国は、もう国の体を成してはいないのだ。
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