色付く蕾

「おお、ティカ殿」


 サーベイさんの商館でお茶をいただいていると、メイドさんに案内された隊長が首を傾げながら入ってきた。


「状況確認のためコルマーと見回りを行ってきた」


 サーエルバン衛兵隊長コルマーさんは、何もしないお飾り隊長の下に長く副長として就き、実務を取り仕切ってきたらしい。目立たないけど有能な、非常時には頼りになるタイプだ。


「被害は、どうでしたかナ?」

「ミーチャたちのおかげで、住人の犠牲は最小限だ。衛兵がふたりと、商人がふたり」


 襲撃前に始末された正門詰所の衛兵と、見せしめに殺された商人か。


「職人ギルドは、ほぼ無傷。商業ギルドは建物こそ全壊だが、職員は避難している。半月もあれば復旧できそうだ」

「てことは、問題は冒険者ギルド?」


 俺の質問に、ティカ隊長が頷く。

 僧兵たちが町を襲撃する際、通信器のあるギルドは真っ先に狙われた。特に冒険者ギルドは抵抗したのか職員が全滅している。彼らは町の住人ではない。中央から派遣された専門職で、サーエルバンでは代理が立てられないのだ。引き継ぎが来るまで建物は閉鎖され、記録類や魔道具や貴重品は衛兵が回収して詰所に保管することになったのだ。

 引き継ぎとは言っても、アイルヘルンの中央にある各ギルド本部が動いて合議で人材選定して送られてくるとなると、正直いつになるのかわからない。

 ゲミュートリッヒにギルドを置く話も、これでは当然、棚上げだ


「今回の聖国と王国の侵攻についても、中央に報告は上げたものの、アイルヘルンとしての対処が決まるまで最悪で年単位の時間が掛かる可能性がある」

「そんなに」


 ゲンナリした俺を見て、ティカ隊長はさらにゲンナリした顔で笑う。


「それで何も決まらん可能性すらある」


 合議制というと俺なんかは漠然と民主主義的な、落としどころを探るイメージを持ってしまうけれども。ティカ隊長やサーベイさんなど実情を知るひとによれば、アイルヘルンのそれはシステマティックでもなければロジカルでもない。

 文化も風習も知能も精神性もバラバラな上に、誰も合意を得る気もなければ譲る気もない首長同士の合議など時間と労力の壮大な無駄遣いでしかないのだそうな。


「それはどうでもいいんだが、しばらくサーベイ商会を冒険者ギルドの臨時窓口にさせてもらうことになった。コルマーは話をしてあると言っていたが」

「はい、お引き受けしましたヨ。南門近くで、他に適当な場所はないですからナ」

「では、これを」


 ティカ隊長が手にしているのは……なんというか、クイズ番組の解答ボタンみたいなもの。真ん中に紅い石が嵌っている。

 押したらピコンて丸いマーク付いた棒が立ちそう。


「なにそれ」

「連絡用の魔道具だ。正式には……魔導通信器マギコミュニカ、だったか」


 近距離用の小型版は衛兵詰所にもあり、ゲミュートリッヒとの連絡に使われている。ティカ隊長が持っているのは遠距離用の中型版。

 魔力消費とノイズは激しいものの、中央までの連絡にも使えるらしい。


「隊長が、なんか不思議な顔してるのは、これが原因じゃないよな。もしかしてゲミュートリッヒに何かあったとか?」

「ああ。詰所の魔道具でゲミュートリッヒのサカフを呼び出したんだがな」


 サカフって、ティカ隊長の部下ね。なんか岡っ引きみたいな口調でしゃべる、クマ獣人の。

 問題が起きたにしては、ぜんぜん緊迫感ないのがよくわからん。何が起きたにせよ、急いで戻るようなことにはなっていないのだろう。


「どうやらサーエルバン襲撃と同時期にゲミュートリッヒにも、襲撃があったようなんだがな」

「「え⁉︎」」


 驚いたのは俺とサーベイさんと同席していた護衛のセバルさん。ヘイゼルは怪訝な顔をしているだけだ。


「戦力は聖国の魔導僧兵と、王国軍の投石砲兵が総勢百二十だそうだ」

「多いな。町の被害は」

「壁が欠けて、少し焦げたとか」

「……いや、そういう話じゃなくてさ」

「人的被害は、まったくないと言っていた。それで、なんでか知らんがな。エルミとマチルダが、んだそうだ」


 化けた? 何に? ちょっとニュアンスが伝わっているような、いないような感じ。

 ティカ隊長自身も、サカフからの伝聞でよくわかってない部分があるのかも知らんけどな。


「サカフの報告によれば、山に陣取って好き勝手に攻撃を加えてきた百二十の兵を、すべて彼女たちふたりで殺したんだそうだ。楽しげに笑いながら空を飛び回って舞い踊り、“ぶれん”を撃ちまくって敵を粉微塵にしたと」


「「????」」


 俺たちは揃って首を傾げる。たぶん当のティカ隊長もだ。

 状況が、よくわからん。わからんけど、みんな無事ならなんでもいいか。


花開くブルームド・乙女たちメイデンズ、ですか。この目で見られなかったが残念です」


 ツインテメイドは、我が子の成長を喜ぶお母さんみたいな顔で微笑んだ。

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