祝宴と宿怨

「「かんぱーい」」


 翌日の夜、ゲミュートリッヒのみんなが俺の店に集まっていた。

 もちろん全員は入れないので、即席の木製ベンチやテーブルを外に並べてある。路上の屋外第二会場を挟んで、向かい側にある集会所が第三会場みたいになっていた。こちらは女性や子供を中心としたアルコール抜きゾーンだ。


「お芋が揚がったよ〜♪」

「「はーい」」


 道の真ん中に据えられた大鍋で、大量のフィッシュ&チップスが次々に揚げられている。調理役はオーキュさんとカミラさん。精肉店と八百屋さんの若女将チームだ。

 酒場のキッチンでは、ゲミュートリッヒのエルフ特製カレー粉と山羊乳酪ヨーグルトで地産地消バージョンのティッカマサラを作っている。

 肉はダンジョンで仕留めたワイバーンのものを大盤振る舞いだ。


「みんな、いっぱい食べてな〜」

「「ありがとミーチャ!」」


 王国軍の襲来を撃退したことで、資金と食材を提供して宴会を開くことにしたのだ。

 戦勝祝いということになってるけど、町のひとたちに怖い思いをさせた罪滅ぼしだ。


「ありがたいが、べつにお前たちが気を使う必要はなかったんだぞ?」


 ティカ隊長はそう言ってくれるけど、今回は……というか今回も、自分のいた種だ。

 あいつらを呼び込んでしまったのは、どう考えても俺たちがエーデルバーデンでやらかした殲滅戦が原因だからな。


「俺に必要な気晴らしだよ。ゲミュートリッヒに来てからは商人として、ずいぶん儲けさせてもらってるしな」

「それを町に還元するのか。実に豪気なもんだが、商人としてはどうなんだ?」

「俺のいたところでは、溜め込むだけの商人は大成しないと言われてる。カネは使ってこそ、より多くのカネを呼ぶんだ」


 多才なドワーフ少女は少し首を傾げて、納得したように頷く。


「なるほどな。その理屈自体は、わからんでもない。“生きたカネと死んだカネ”という話は、あたしも聞いたことがある。サーエルバンの古老からな。つまり、ゲミュートリッヒが豊かになれば、ミーチャはもっとずっと豊かになるわけだ」

「……ああ、うん。でも正直なところ、そこまで真面目に働きたくはないんだけどな」

「おい」


 モニョモニョとトーンダウンした俺の脇腹を、ティカ隊長は笑いながら突く。


「建前くらいは最後までき通せ。それでも商人か」

「俺は寂れた酒場の主人くらいで、のんびり暮らしたいんだってば」


 寂れるどころか連日大盛況の酒場は、いつも酔っ払いでごった返しているんだけどな。

 その酒場の店内から巨大な鍋でワイバーンティッカマサラが届き、町のひとたちが歓声を上げる。


「「おおおぉ……ッ!」」

「美味しそおぉ!」


 うん。調理中に味見したけど、ワイバーン肉ってムチャクチャに美味い。比較的あっさりしてるのに滋味深く味わいが濃い。そしてエルフ母娘の特製カレー粉も素晴らしい再現度で、凄まじく美味い。

 その相乗効果で、ワイバーンティッカマサラはもう、信じ難いほどに美味いのだ。


「なあ、隊長。あいつら戻ってくるとしたら、どのくらい後だ?」

「ああ、あの傭兵上がりの指揮官か。どうだろうな。もうエーデルバーデンは壊滅状態だろうし、戦力を再編成してまでゲミュートリッヒに攻め込むのは無意味……いや、勝っても負けても自殺行為でしかないと理解はしただろうしな」

「来ない可能性はないのか」

「王宮も王国軍の上層部も、末端の兵士や下級貴族がいくら死のうと気にもしない。討伐命令は繰り返されるし、失敗するたびに戦力は増える。追い込まれれば手段も選ばなくなる」


 ティカ隊長は、ポケットからジャラジャラと紐細工を取り出す。銀色のピーナッツ型に紐を通したような首飾り。“聖跡”という聖教会のお守りだ。

 俺たちが戻ってくる前の襲撃者のなかにも、そして今回の襲撃者のなかにも、聖跡持ちが二割ほど混じっていた。教会の息が掛かった者か、強硬派の教義を信じる者か。


「聖教会の強硬派を牛耳るロワン司教は、教会内では次席だ。最上位である教皇が倒れれば、教会の頂点に立つだろう。そうなると、強硬派が勢力を広げる。融和派は数こそ多いが政治に疎く発言力が弱い」


 実情は知らんけど、そうだろうとは思う。政争に長けてるタイプと融和精神は相容れないイメージはある。


「教皇は危ないのか?」

「百を超えてる。エルフなら若造でも人間だからな。生きてるのが不思議なくらいの高齢だ。公務もロワンが代行を始めていると聞く」


 後顧の憂いを断つ必要がある。カインツを逃したのは失敗だったな。


「ミーチャ」


 振り返ると、斥候部隊のネコ獣人女性スーリャが、仲間のネコ獣人たちと一緒に立っていた。


「おうスーリャ。みんなのお陰で、すごく助かった。いっぱい食べて英気を養ってよ」

「ありがとにゃ。美味しいものたくさん食べたのにゃ」


 笑顔ではあるけれども、なにか話したいことがある風だ。

 その様子を見てか、ティカ隊長は手を振って集会所の方に歩いていった。


「どうした? 何か問題でも?」

「いまは、ないにゃ。でも、これから問題がないように……」


 彼女はわずかに声を潜め、背後の仲間たちを指す。


「一度、エーデルバーデンに戻るつもりにゃ」

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