夜明けと戦後

「やはり、砲塔は必要だったでしょうか」

「砲塔はともかく、屋根は要るんじゃないかな。さすがに上が開いてるのオープントップは危ないだろ」


 わずかに明るくなった街道を、ラム・カンガルーに乗った俺たちはゲミュートリッヒに向かって進んでいた。

 撃退後に小一時間ほど索敵と残敵掃討を試みたのだけれども。街道を西進してみても藪に分け入ってみても、既に敵は影も形もなく。結局、逃げられてしまったと認めて町に戻ることにしたのだ。

 王国軍の馬は、大半は逃げてしまった。一頭だけその場に残っていたので、ネコ獣人の男性がしてみた。交渉は成立したようで、いまは彼が騎乗している。


「いまは戦闘が終わったから、こんなにのんびりしてられるけどな」


 前部銃座をドワーフのひとりに任せ、俺はサプレッサ付きステンガンを抱えて車上に跨乗中だ。周囲にはネコ獣人の元猟兵たちが並んで、短弓を手に警戒している。いまのところ、目に入る限りで動くものはない。ときおり藪の奥で履帯とエンジンの騒音に驚いたファングラットブッシュビータが逃げてくのが見えるくらいだ。


「すごーく、良い乗り物にゃ。空が見える方が安心するのにゃ」

「そう? でもホラ、敵に襲われたときには危ないだろ? 実際さっきは襲われたしさ」

「そのくらいは、なんとかするにゃ」

「ああ。高さがあって、見晴らしも良いしな。視界が開けてる方が、対処しやすいぞ」


 俺の周りでネコ獣人とドワーフたちが、口を揃えてラム・カンガルーの擁護に回る。どうやら、彼らは装甲兵員輸送車――という名の砲塔無し戦車――を気に入ったらしい。


「俺たち亜人はな、何も出来ないまま箱のなかに押し込まれる方が怖いんだよ」

「自分たちのできることをやって、それで死んだら、そのときはそのときにゃ」


 なるほど。戦場で最も恐怖を感じるのは攻撃してるときでも防御してるときでもなく、戦闘参加できずにいるときだって聞いたことがある。それに近い感覚かな。


「意外に好評みたいだぞ。結果オーライだな、ヘイゼル」

結果だけはターン・トゥビーオーライ・ブリテン


 町まで三百メートルほどのところで、斥候部隊のスーリャが駆けてくるのが見えた。

 その横には魔族娘のマチルダ。珍しい組み合わせだ。


「ミーチャ、無事にゃ?」

「まあな。猟兵にされてたひとたちは取り戻せたけど、王国軍の主力には逃げられてしまった」

「だったら大成功にゃ♪」


 まあ、それもそうか。特に戦勝を求めているわけでもない。敵の捕虜とか領土とかは要らんし、勝者の名誉とかはもっと要らん。囚われの亜人を解放できたのだから、これは大成功なのだろう。


「そっちも怪我人とかは出なかったか?」

「北門デは、怪我人ドコろカ、一方的ナ虐殺デしかなかっタ」


 それは、まあ良かった。相手は勝手に攻め込んできたんだから死ぬ覚悟くらいしてんだろ。

 まして、こちらのお仲間を操り人形にしてまで殺しに掛かってきたんだ。容赦してやる義理などない。


「お迎えに来たのは、なにか急用でも?」

「戻るのが遅いからにゃ」

「おまケに、その馬鹿デカい乗り物でウロウロしてタから、何かを探してイルのかと思っタのダ」

「すまん。指揮官を殺し損ねたから、諦めきれずに探してた」

「エーデルバーデンに逃げ帰ったんじゃないかにゃ?」


 ヒョイと車上に飛び乗ってきたスーリャは、元猟兵の子たちと情報交換を始めた。

 マチルダは俺の横に座って、球形の雷をお手玉のように回し始めた。退屈という感じではあるけど、何か言いたいことがあるようにも見える。


「どした、マチルダ」

「ナンでもナい。ナいが……妙な感じダ。お前たチの殺し合っテいる理由が、よくわかラん」

「そんなもん、俺もわからん。でも黙って殺されてやる義理はないから、俺や仲間を殺しに来た奴は殺すだけだ」

「そこマでは、わかラんでもナい」


 マチルダは手遊びに飽きたようで、雷の玉をポイっと放り投げる。爆発でもしないかと思わず目で追ってしまったが、ただパチパチと弾けながら風に散っただけだ。

 マチルダのいた世界の……というか魔族の常識では、強い者が全てを得る。そして配下を庇護し使役し利益を分配してやるものなのだそうな。力と人望がなければ、上に立ち続けることはできない。倒されて、より強い者が成り代わる。


「いまのトころ、ミーチャは連戦連勝、仮にこのママ強者とナって、どうスるツモりナのだ」

「どうって、ゆっくりのんびり暮らすんだよ」


 首を傾げられた。ちょっと頭おかしいひとを見る感じなのが微妙に納得いかん。

 そうだよ、ようやくスタートラインに立ったと思った俺のスローライフ、ぜんぜん進まないんだけど。


「いまマでの騒動を見ル限り、こちラの世界でそレが、許さレるとも思えンのだが」

「許さんって奴がいれば……そして危害を加えてくるなら殺す。そういう奴らがいなくなるか、俺が殺されるまで続けるさ。この世界の決まりなんて知るか。だって、俺は……」


 言い淀んだ俺を見て、マチルダは頷く。


「しょせん余所者ダから、だナ」


 当然のこととしてサラリと発せられた言葉は、俺のなけなしの心にチクリと刺さった。

 同じ境遇にあるマチルダの言葉だけに。そして、それが端的な事実なだけに。

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