ラムズ・ラッシュ

 ヘイゼルがエンジンを始動してすぐ、敵に動きがあった。

 装甲馬車が前進して停止し、その奥で騎兵が何やら話しているようだ。作戦会議か突入の指示か、あるいは撤退の検討か。結論がどうなったか知らんが、一頭の馬が飛び出してきた。


「おい、なんか来るぞ?」

「騎馬の将校ですね。軍師のつもりでしょうか」

「「それはない」」


 元猟兵の全員が声を揃える。


「あいつらに交渉の余地はないにゃ。亜人を殺し尽くすために、お互い蔑み憎しみ合いながら手を組んだくらいにゃ」

「ええと……それは王国軍と、聖教会が?」

「軍じゃなく、王宮にゃ」


 どうなってんだか知らんけど、要するに向かってくる馬には敵が乗ってるわけだ。俺はブローニングの照準を合わせて指切りで短く銃弾を叩き込む。伏せていた騎兵は起き上がって仰け反り、そのまま転げ落ちた。


素晴らしいブリリアント!」

「魔導師が来るにゃ!」


 機銃の覗き窓から探すものの、俺には見えん。車内で一斉に弓を引き絞る音が聞こえてきた。放たれた十数本の矢は闇の奥で不規則な動きを見せる。俺はその違和感のあった場所にブローニングの銃弾を叩き込んだ。

 何もなかった空間に血飛沫が上がり、ローブ姿の人影が現れる。数歩進んだところでボソッと崩れ落ちた。


「隠蔽魔法だ。暗殺を専門にしてる斥候の魔導師だろう」

「ミーチャさん、みなさん、少し揺れますよ!」


 ヘイゼルがカンガルーを前進させる。回頭しながら街道脇の茂みにまで入り込み、大回りして敵の装甲馬車へと向かう。馬車の陰で青白い魔力光が上がっているのが見えた。


「あいつら、大規模攻撃魔法の準備をしてるにゃ!」

「ミーチャさん、撃ってください!」


 言われるままブローニング機関銃を連射すると、銃火が辺りを照らし出す。うっすらと光跡を引きながら飛んで行った銃弾は、一瞬で魔導師たちを薙ぎ払った。

 血と肉片と青白い火花が撒き散らされ、辺りは再び闇に沈む。


吶喊とっかん!」


 指揮官が手を上げたのが見えたような気がした。何かの合図か、兵士の群れが一斉に動き出す。


「騎兵と歩兵で二手に分かれました。指揮官が、馬を……捨てた⁉︎」

「徒歩の先頭で突っ込んでくるのがカインツにゃ。あいつ、魔導防壁の掛かった甲冑ヨロイと火属性の魔法付与エンチャントした剣が自慢の……」


 魔物のような咆哮と凄まじい魔力光。連携も牽制も揺動もなしに、装甲車の横腹目掛けて単身で突っ込んでくる。二手に分かれた意味もなければ、兵種で分けた意味もない。そもそも、指揮官が先頭にきてどうすると思わんでもないが……


「おおおおおぉッ‼︎」


 ……その男、カインツは笑っていた。


「……完全な戦闘狂なのにゃ」


 振り抜かれた剣がカンガルーの装甲で火花を散らす。ヘイゼルは信地旋回ターンしながら頭を向けて全力後進を掛けた。ブローニングの射界にカインツが入ったものの、数発を発射したところで横っ飛びに避けられてしまう。掠めたのは見えたが、被弾してはいない。

 視界外に出られると厄介だ。何せこの車輌、上部が剥き身オープントップなのだから。


「おおおおッ!」

「みんな伏せろ!」


 車輌に飛び乗って来ようとしたカインツの鼻先に、俺は背負っていたステンガンを突き付ける。

 全自動射撃フルオートで放った9ミリ弾を、カインツはわずかに首を傾けて躱す。かろうじて数発が、狂笑を浮かべた頬をわずかに引き千切っただけだ。飛び退いたところに追撃の掃射を掛けるが、板金鎧プレートアーマーに弾かれて終わる。魔導防壁の掛かった甲冑に、拳銃弾では通用しないのか。

 着地したカインツ目掛けて、ヘイゼルは全速前進で突き掛ける。車体の前で、激しい金属音と青白い火花が上がった。視界外でどうなったかは不明ながら、硬いものを乗り越えるような感覚がわずかに伝わってくる。車重があり過ぎ地面が軟過ぎ、さらに車体剛性が高過ぎて、カインツを轢いたのかどうかはハッキリしない。

 その場で超信地旋回した後で、ヘイゼルは後退を掛ける。


「ミーチャさん!」

「応!」


 俺は銃座に飛び付くと、前方に狙いを定める。

 車体の下から現れたカインツは、驚いたことにまだ生きていた。戦車に轢かれ踏み躙られて、折れ曲がった手足で立ち上がろうとしている。地面に膝を突いたまま、こちらを睨んでいる。

 その顔には歪んだ笑みが貼り付いていて、ゾッとするような執着が感じられた。

 こちらは敵だというのに、その目にあるのは怒りでも憎しみでもない。自分の武器も防具も通用しない装甲車の力と、それを手に入れ動かす者への、偏愛にも似た執着。

 化け物が。

 ブローニングの弾丸が胸甲に吸い込まれて、青白い光が弾ける。小銃弾が連続して叩き込まれると、甲冑がひしゃげてゆくのがわかった。カインツは目を見開き、なぜか顔いっぱいに狂った笑みを広げる。


「「隊長おぉッ‼︎」」


 四方から部下らしき兵たちが飛びついてカインツを押し倒し、折り重なって盾になった。何人もの兵が指揮官を守りながら遮蔽へと引き摺り、両手を広げたまま身代わりに銃弾を浴びる。


「ヘイゼル、轢き殺せ!」

「はいッ!」


 履帯が敵兵に乗り上げて押し潰し、撥ね飛ばして踏み砕く。逃げ惑う敵歩兵たちを蹂躙しながら、俺は機関銃を乱射し続けた。回転砲塔を旋回させて周囲を見るが、カインツの姿はどこにもない。

 二本目の弾帯を使い切り再装填を済ませたときには、生きた騎兵も歩兵も装甲馬車も、死体だけを残して姿を消していた。


「……すみません。指揮官には、逃げられました」

「身を挺して庇ってた……あれも使役魔導師の、魔法か?」

「「違う」」


 元猟兵たちの意見はひとつだった。

 殺されそうになったカインツを必死に守ったのは、傭兵団だった頃からの、腹心の部下たちだという。つまり、あいつが守られたのは……


「……カインツの、人望にゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る