袋の羊

「……戦車じゃん」

「いいえ、装甲兵員輸送車A P Cですよ? オーダーにはピッタリかと思われます。十五名乗車可能で、無敵の装甲。前期型ですから副武装の前部機銃も残ってます。これは……M1919ブローニングですね」


 理屈はともかく、砲塔がないだけの戦車である。牡羊ラムだかカンガルーだか知らんけど、暗がりで見ると得体の知れない感じがすごい。


 そもそもラムって何じゃ、と思ったところでヘイゼルから解説が入る。カンガルーというのは戦車改装の装甲兵員輸送車で、ラムというのがベースになった戦車名。固定砲塔だったアメリカのM3中戦車を回転砲塔に改装したカナダ製の巡航戦車だそうな。


 せいぜいアニメかプラモデルでしか知らない俺にとって、中戦車っていうのは小さくて頼りないイメージがあったけれども。

 目の当たりにすると、もんのっスゴいデケぇ。砲塔のない車体上面まででも優に二メートルを超える……ように見える。


「問題ない。まったく、何の問題もないぞ! 何なんだ、この強度は。信じ難い、おっそろしい程の頑丈さ。まるで鋼で出来た大岩だ!」


 車体をペシペシと叩いて、ドワーフの男性が笑う。この世界の武器じゃ、たぶん傷も付けられない。

 車体側面にはろくに手掛かり足掛かりもないから、敵が登ってくるのも無理だろう。いまは停車中なので、みんなで動輪やキャタピラに手足を掛けて何とかよじ登る。


 元猟兵たちが小柄なこともあって、狭い車内になんとか十五名が収まった。上から見下ろすと、ジャングルジムの最上段よりも高い感じ。少し屈めば、曲射の弓矢くらいは避けられそうだ。


「上の開口部が無防備かと思ったんだけど……これ案外、大丈夫そうだな。思ってたより、ずっと高い」

「魔導爆裂球を投げ込まれたら危ないかもしれませんね。そこは近付かせないように機銃と弓で対処してもらいましょう」


 俺の懸念に、ヘイゼルは鹵獲品の大楯小楯と大小の弓矢をゴソッと取り出して猟兵たちに渡す。

 うん。あの爆裂球、投擲機ランチャーがあるわけでもなく手投げか抱えての特攻しかないようだし、相当に近付かないと車内に放り込むのは難しいだろう。


「ミーチャさん、機関銃の弾帯装填はわかりますか?」

「ああ。これなら問題ない」


 ブローニングM1919を使うのは初めてだけど、操作は特に難しいものではない。弾薬箱から弾帯を引き出して、機関部にセットする。ボルトを引いて発射準備完了。小型の回転砲塔みたいな前部銃座に設置されているので射界は限定されるものの、こっちは無敵状態で撃ち放題だ。


「来るにゃ」


 小楯を抱えたネコ獣人の女性が、俺の背後で告げる。その声には怒りと憎しみと、拭い切れない恐怖が込められていた。


「先頭の馬に乗ってるのは……子爵のカインツ。血に飢えた傭兵上がりで、いまは王国軍討伐部隊の指揮官なのにゃ」


◇ ◇


「……なんだ、あれは?」


 疾走する馬上で、カインツは小さく声を上げる。

 藪が広がる平野のなか、薄暗がりにおかしな影が浮かび上がっていた。小山のようなそれは微かに震えると、奇妙な唸り声を上げながら小さな光と大量の煙を発し始めた。


「隊長、ありゃ魔物ですかッ⁉︎」

「黙れ」


 部下の騎兵たちが馬を制して、それぞれに武器を構える。

 あの小山から大きな魔力は感じない。生き物としての気配もない。奥にわずかな反応はあるが……それはあのデカブツではなく、それに匿われた弱者のものだ。


「魔道具か、それに似た何かだな。報告にあった商人の、“妙な箱馬車”の類だろう」


 話によれば、その箱馬車は鋼の鏃を弾くとか。長弓でも無理となれば、魔力で強化した騎兵槍でも通用するかは不明だ。馬車で追ってくる歩兵たちを待つか。

 魔導破城槌を叩き込めば鉄でも鋼でもじ開けることは可能だが、その結果として突撃した者たちは使い捨てになる。雑兵の損耗自体は構わんとしても、町に入る前に攻城兵器を消耗するのは忌々しい。


「魔導師を出せ。攻撃魔法で焼き尽くしてやる」

「は!」


 カインツの指示で、部下は追随してきた装甲馬車を前に出す。後部の扉が開いて、攻撃担当の魔導師が七名、路上に降りてきた。


「子爵閣下、あれは」

「お前らが知る必要はねえよ。全力で焼き払え、いますぐにな」


 装甲馬車の陰に隠れたまま、魔導師たちは魔術杖を抱えて長い呪文を唱え始める。

 ある程度以上の威力を持った攻撃魔法となれば、時間稼ぎは必要となる。相手がそれを待ってくれると考えるのは戦を知らない馬鹿だけだ。


「おい、半獣の猟兵どもはどうした」

「まだ、それらしい爆発は起きておりません」


 副官の言葉に、カインツは舌打ちをして町を見る。

 暗闇のなかで、微かな灯りが瞬くのが見えていた。耳慣れない戦闘音も伝わってくるが、爆発らしきものも炎上した様子もない。

 役立たずどもが。目の前の副官を殴り付けたい衝動を、カインツは懸命に抑えた。


「使役魔導師どもから連絡は」

「ありません。反応自体、確認されず」

「どうなってんのか手前ぇが確認に行け! いますぐだ!」


 副官は息を呑む。目の前の脅威を見て怯んでいるのは明白だった。使役魔導師たちの状況を確認するには、正体不明の魔道具が鎮座する脇を馬で抜けなければいけないからだ。


「グズグズしてると、俺が殺すぞ」

「は、はいッ!」


 副官が馬に鞭を入れ、馬上で伏せながら街道の端を駆けて行った。

 部下のひとりがカインツの脇に馬を進めてくる。


「見逃しますかね」

「……ンなわけねぇだろうが。射掛けてきたら、そこが半獣の所在だ。毒矢で殺せ」


 部下の隣で、斥候の魔導師が無言のまま頭を下げ、静かに闇へと沈んだ。

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