オウサムディナー

 通された貴賓室は、前に通された応接室の上位互換だった。正直、俺のようなド庶民には敷居が高い。

 装飾を最低限にして落ち着いた雰囲気だけれども、だからこそ上質さだけを抽出したような迫力があるのだ。目に映るもの、手に触れるもの全てが、“俺にはよくわからん何か高品質な塊”から職人がゴリゴリと削り出したようなものだ。何を言ってるかわからんと思うが、たぶん俺が一番わかってない。


「すみませんナ、ここは商売敵への“威嚇の場”でもありますので落ち着かないでしょう。実は、わたしもですヨ」


 そういってサーベイさんは自虐的な感じで笑う。


「難しい話は、後にしましょうかナ。今回の件は調査させてますから、食後までには結果をご報告させていただきますヨ」

「すみません、結局こんな格好のままご招待を受けることになってしまいました」

「お気遣いいただかなくて結構ですヨ」


 いったん宿で着替えて、とか思ってたんだけどね。それどころじゃなくなってしまった。

 こちらに合わせてくれたのか身元引受に奔走させてしまった結果か彼の服も――俺たちの三万倍くらい上質そうではあるが――たぶん平服だ。


「おもてなしは気持ちだけですので、気楽にお願いできますとありがたいですナ」

「それはこちらも助かります」

「ミーチャ殿のお店にご招待いただいた、あの夜は夢のように素晴らしい思い出でしたヨ。あれこそ目指すべきわたしの理想なんですけれども、なかなか到達できそうにありませんナ」


 どうだろう。サーベイさん本職の商人なんだから、あんな雑駁な盛り合わせプレートみたいな宴会を目指してはイカン気はする。それともあれか、絵描きが技術の頂点まで至った後にムッチャ崩した感じを目指すみたいなもんか。

 とはいえこの商館、来客用の宿泊設備はないのに接待用のお茶や食事は用意できるというあたりで特殊性が見て取れる。見た目は屋敷のようでいて、機能としては屋敷じゃない。

 一階二階は大きな括りで言えば商店、三階以上は重要顧客との商談の場なのだ。


「有り体に言えば、密談の、ですナ」


 朗らかに笑う小太り商人氏を前に、俺はリアクションに困る。

 商館の敷地内には隠れ家的な会員制レストランがあり、顧客用に必要な料理はそこの料理長が責任を持つのだとか。

 食前酒として出されたのはワイングラスみたいな器に入った薄赤いもの。どうやら果実酒のようだ。


「こちらがアイルヘルンで用意できる最高品質の酒なんですヨ」


 困った顔で言うということは、あまり満足していないのだろうか。

 とりあえずいただこうと、軽くグラスを上げて口をつける。酒が弱いことは伝えてあるので、アルコールはごく弱いものを選んでくれたようだ。


「ンま」

「美味しいです」


 カポッとひと息に飲んだマチルダが珍しく嬉しそうな声を出す。ヘイゼルも幸せそうな表情で頷く。


「すっごく美味しいニャ。でもこれ、薬なのニャ」

「そうなんですエルミ殿、まさに問題はそこなんですヨ」


 そうだ。確かに美味いは美味いんだけど……なんだろう、この違和感。方向性として、目指しているのが酒ではなく……最高品質のエナジードリンクのような感じがした。


「このアイルヘルンには、酔うためだけの火酒と、水代わりのエール。その先がないんですヨ。迷走を象徴しているのが酒造ギルドですナ。彼らの主流はいま、薬師系、菓子師系、魔導師系の三派なんですヨ」

「酒を作る気がないと」

「でもウチ、これ好きニャ」

「俺も、とても美味いとは思いますが、それはお酒が飲めないか、好きじゃないからかもしれませんね」


 ノックの音がして、トレイを持った給仕の方々が俺たちのテーブルに料理を運んできてくれた。

 元いた世界では前菜ということになるが、こちらのひとたちの好みなのか置かれたのは比較的ボリュームのある盛り合わせ的なものだった。

 うん、すごく美味そう。


「勝手に商売の話を交えてしまって恐縮ですが、こちらがアイルヘルンの名産とサーベイ商会うちの得意分野をお見せするひと皿なのですヨ」

「ほお……素晴らしい香りですね」


 肉が何種類かあるけれども、脂の揃った感じはたぶん野生鳥獣ジビエではなく畜産によるものだ。色とりどりの果実と野菜、各種香草と……乳製品を使ったソースがあるから酪農もか。


「ンまッ!」


 ヘイゼルの隣で、マチルダがモリモリ食っては満足そうに頷く。食欲旺盛で食べるのは早いけどマナーはキチンとしてるっぽいあたり元いた世界では育ちが良い子だったのかもしれない。

 綺麗に盛られたキューブ型の牛肉っぽいものを試してみる。噛み締めると肉の繊維がほどけながら肉汁が溢れ出した。バターと香草の風味が混じり合って、馥郁たる香りが口から鼻に抜ける。


「ううん、これは素晴らしいですね。アイルヘルンの周囲は、土地が豊かなんですか?」

「そうですナ。国内でもかなり早い段階で開発された土地ですから、苦心の結果もあるんでしょうけれどもネ」


 サーベイさんとの世間話のなかで彼は実にさりげなく互いの特産品と必需品を話し合い、ゲミュートリッヒとサーエルバンでの定期航路を再調整する話までまとめた。

 ゲミュートリッヒに生活必需品を供給していたサーベイさんの行商は今後それほど切実に必要ではなくなったが、それでも娯楽品や衣料品や情報を運んでくれる彼は待ち望まれ求められていることに変わりはない。

 サーエルバンで求められているゲミュートリッヒの産物は――ヘイゼルが出してくれる酒を除けば――魔珠だった。開発の進んだこの辺りではそれほど魔物が現れることはないのだそうだ。ゲミュートリッヒの周辺にはまだ魔珠を持った魔物が多いし、ダンジョンも発見されてさらに供給が増える。

 ちなみに、両方の市場に足りない、そして熱烈に求められているのは砂糖だ。そこはヘイゼルから供給の保証をもらった。


「実はもうひとつ、皆さんにご意見いただきたいものがあるのですヨ」


 こちらがあらかた食べ終わったところで、サーベイさんが微笑む。それを合図に給仕の方々が入ってきて、俺たちの前へと新しい皿を置く。


「……ん?」


 反応したのは、俺とヘイゼルだけだ。エルミとマチルダは嬉しそうに頬張っている。実際この料理、見た目も香りも“これ絶対美味いヤツや”感が丸出しではあるんだけど。

 目の前にあるのは骨付き肉のカットレット。パン粉の肌理も揚げ上がりもソースも見事な出来で、素晴らしく美味しそう。


「ミーチャ殿とヘイゼル殿は、おわかりになったようですナ。わたしの話を聞いて、ウチの料理長が作ったものなんですがネ」

「ああ、それで」


 俺はサーベイさんを見る。料理のクオリティはすごいのに、どっか引っ掛かってる感じがしたのだ。

 この世界の料理じゃない感じ。というよりも、既視感だ。


「その料理長は、召喚者なんですか」

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