甘い打算
大満足の料理が終わって、デザートとお茶が出た。
お茶は香草茶だけど、デザートは不思議なものだった。筒状のパイ生地みたいののなかに甘酸っぱいクリームがぎっしり入って、飴状の糖蜜が掛かってる。
初めての味で素晴らしく美味しいんだけど、どっかで食べたことあるような印象も残る。転移か転生かで召喚されたひとが作ったんだから、たぶん元いた世界のデザートなんだろう。
「ミーチャさん、これ……見覚えあります」
「ヘイゼルが知ってるんならイギリス菓子なのかな。俺にはクリームコロンの最上位互換くらいにしか思えんけど」
「ころん?」
「ではミーチャ殿、紹介いたしましょう。うちの料理長、ティモですヨ」
食後の余韻を楽しんでいた俺たちのところに、おずおずといった感じで顔を出したのは、ヒョロッとした男性だった。
「……ども」
年の頃は三十代半ば。あんまりコミュ力が高くないようで、あれだけの料理を出した名シェフなのに自信なさげな表情で目を逸らし気味だ。芸術家とか天才とかって、こんな感じなのかもと思う。
「初めまして、ミーチャです」
「ヘイゼルです」
「エルミなのニャ。お料理みんな、とーっても美味しかったのニャ♪」
「……」
順番に挨拶してきたところで、最後のマチルダだけが不審そうな顔になっている。
「マチルダ、どうした?」
「こイつダ、コの町の魔族」
「「「え?」」」
「はい、そうです」
あっさり認めるシェフのティモさん。さらに驚いた顔のヘイゼルが彼を見て、デザートの皿を指す。
「カンノーロを作られたのも、あなたですよね?」
「はい」
「ヘイゼル、カンノーロってイギリスの菓子?」
「イタリアです。シチリアの名物ですよ」
それを聞いて、ティモさんは困った顔で笑う。
「ぼくは、あの……修行先がイタリア系の店だっただけで、ドイツ人です」
ややこしいな。それで、なぜ魔族なのかと尋ねたら、困った顔で髪を掻き上げた。チョコンと小さなツノが見えたけれども、魔族らしい特徴は……少なくとも俺にはわからん。
「目が覚めたら、こんなだったので、自分では、なんとも」
転生というのかどうなのか、魔族の姿でこちらの世界に放り出されたのは二年ほど前。どうやら俺より無茶苦茶な完全無理ゲーほったらかし状態だったようだ。
魔物やら盗賊やらに殺されかけて辿り着いたサーエルバンで料理人として第二の人生を進んできた彼は、そこで珍しい物好きの小太り商人サーベイさんに拾われたのだとか。
「最初は、こちらの料理と、イタリア料理と、ドイツ料理を、作ってたんです。それを、サーベイ氏に、気に入ってもらえて」
「ああ……なるほど。あの肉料理のベースは、ウィンナーシュニッツェルですか」
「はい。正確には、その起源になった、ミラノ風の
ヘイゼルが指摘すると、ティモさんは嬉しそうに笑う。
ウィンナーシュニッツェルというのは、薄く叩いた仔牛肉をバターで揚げ焼きにしたカツレツだそうな。その源流のミラノ風カツレツには骨付きと骨なしがあって、骨付きの方が昔風なのだとか。
なるほど……だけど、そんな話をしてるのが異世界で、話してる相手が魔族のドイツ人とか、もう意味わかんない。
「ティモさんとは広い意味では同郷なんで、困ったことがあれば協力しますよ。何か必要なものは?」
「いえ。サーベイ氏のところに来てからは、毎日が本当に楽しいんです。困ったことといえば、少し太ってきたくらいで」
痩せ型に見えるが、それは俺たち言われたところで、どうにもならん。
目をキラキラさせて笑うティモさんは、充実した人生を歩んでいるようだ。サーベイさんに雇われてるんだから、そう無体な扱いもせんだろうと思ったけどな。
「砂糖と胡椒が、あると助かります」
「ああ、そこは先ほど少し話してたんです。いままでゲミュートリッヒの生活必需品はサーベイさんが持ち込んでくれてたと聞いたので、手間を省くために産物の調整をしようかと」
望めば砂糖がトン単位で入ると聞いて、ティモさんは子供のような笑みを浮かべる。
「では、思うがままに菓子が作れるんですね!」
「……ああ、そう、だヨ」
サーベイさんが、少し困った顔で頷く。これは、あれだな。小太りになった原因のひとつが、この敏腕シェフと見た。
「最初は比較的ローカロリーの菓子から考えてもらった方が良いかも知れませんね」
「ええ。イタリア人の肥満率、ものすごいですからね」
「では、
だから、そういうとこだよ。依存症患者続出の超ハイカロリーフードじゃねーか!
「手に入るかどうかはともかく、サーベイさんに出すのはやめましょうね」
俺とヘイゼルのコメントにサーベイさん以外はいまひとつピンと来てない感じ。太ったといってもティモさんは標準体型以下だし。エルミもマチルダもカロリーなんて考えたことさえなさそうだし。
「ティモは一度、ゲミュートリッヒに行ってみるのも良いかもしれないネ」
サーベイさんの提案に、ティモさんは嬉しそうに頷く。
そろそろお暇しようかと思ったところで、ノックの音がした。サーベイさんが入るように言うと、家令のメナフさんが手紙を渡す。それを見た小太り商人氏は呆れ顔で首を振った。
「衛兵隊副長からの報告だヨ。事件捜査は、領主権限で止めさせられたと書いてあるネ。そして……」
サーベイさんは冷えた目で窓の外を見た。そこには、煌びやかな灯りに彩られた高い尖塔がある。それが何かを、俺は改めて知った。
「あの大男の死体は、教会が引き取ったヨ」
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