看過な官憲
「……それで、あの男は何者だ?」
「わからないのニャ」
「いきなり襲われただけですから」
俺とエルミは、中央広場近くにあるサーエルバンの衛兵詰所にいた。
対処に悩んだ末、ヘイゼルの計画に乗ったのだ。それは、ある意味では最も順当で真っ当な方法。官憲の手に委ねるというものだった。
俺たちの事情聴取に当たったのはサーエルバン衛兵隊の副長、コルマーさん。三十歳そこそこの人間で、筋骨隆々の偉丈夫だ。ティカ隊長とは顔見知りの仲で、俺のことも噂では聞いているのだとか。
「恨みを買った覚えは?」
「方々でありすぎて、わかりません」
正直に言うと、呆れ顔で首を振られた。さすがにここで王国の刺客ですとは言えない。
「なんでまた。あんたたちは……商人と使用人だったよな?」
「はい。殺されそうになったので止むを得ず魔道具で倒しましたが……剣やら魔法やらはからっきしで」
「へえ」
あんまり信じていない顔で、コルマーさんは死体を一瞥した。
そらそうだ。明らかに戦闘職の巨漢が、ドン引きするくらいにグチャグチャだもんな。
完全に疑いの眼で俺たちを見ている衛兵たちだが、取り調べが比較的穏便に進められているのは早い段階で自分の身分と滞在目的を話したせいだ。申し訳ないけど、身元保証人としてサーベイさんとティカ隊長の名前も使わせてもらった。
「サーベイ商会に連絡は取ったんで、もう少し待ってくれ」
「お構いなく。お手数お掛けします」
幸か不幸か騒ぎが大きくなったせいで、王国の密偵か監視要員かストーキングしてきたふたりは俺たちへの手出しを断念したようだ。野次馬の後ろで遠巻きにこちらを見据えていたが、衛兵隊が到着するとこっそり姿を消した。
隙を衝いてヘイゼルが接触による知識吸収を行ったようだが、その後まだ会えていないのでどういう情報を得たのかまでは不明だ。念話で状況を尋ねたけれども、“とりあえずの脅威は消えた”とのことだったので詳しい話は解放された後で聞くことにした。
「その魔道具は、触って大丈夫か?」
「はい。タマ……ええと、攻撃の元になるものを外してますので」
詰所の机の上には、弾倉を外したステンガンが置かれている。コルマーさんは持ち上げて引っくり返し、匂いを嗅いで首を傾げた。
「魔力の反応はないな」
「危ないから、ふだんは込めないのニャ」
「……そんなもんか。まあ、俺たちは魔道具なんて見る機会もないからな」
俺の
「ミーチャ殿!」
若い衛兵に連れられて、サーベイ氏が駆け込んできた。護衛の人狼美女マイファさんも一緒だ。
「すみませんサーベイさん、お忙しいところ手間を掛けてしまって」
「とんでもないですヨ、怪我はなかったですかナ⁉︎」
「ええ。エルミが魔道具で倒してくれなければ、危ないところでした」
小太り商人氏は、なるほどという顔で頷く。俺たちのなかで武装しているのはエルミだけ、という設定で話を進めるのだと理解してくれたようだ。
「コルマーさん、ミーチャ殿の身元と人物、そして身の潔白は我がサーベイ商会が保証しますヨ」
「なるほど。それじゃ、調査結果が出たら知らせよう。帰って良いぞ」
「はい」
「お世話になりましたのニャ」
副長はエルミにステンガンを返して、俺を見た。自分の左脇を指して、唇の片側だけを上げる。
「町中じゃ止めてくれ」
「わかりました。お気遣い感謝します」
俺の武装はバレてた。やっぱり気を遣ってくれてただけなのね。
「襲ってきたのは王国の手の者ですかナ?」
「そのようです」
詰所を出て馬車に乗り込むと、サーベイさんは俺に尋ねてきた。詰所に運び込まれた死体を見ただけで、この商人氏は事情を察したようだ。
「おかしな話ですナ。ミーチャ殿に王国軍といざこざがあったことは聞いてますが、報復にしては送り込んだ数が少な過ぎ、追撃にしては反応が遅過ぎ、襲撃地点が王国から遠過ぎますヨ」
「そうなんですよね。ああ、すみませんマイファさん」
「ヘイゼルちゃんたちね? 見えてるわ」
御者台に座っていたマイファさんは馬車を停め、通りの隅で隠れ気味に立っていたヘイゼルとマチルダを拾ってくれた。
乗り込んできたヘイゼルは、サーベイさんに頭を下げる。
「ありがとうございます、サーベイさん。助かりました」
「いえいえ、このくらいの手助けは、いつでもさせていただきますヨ」
マチルダは相変わらずの無表情ながらも、襲撃を面白がっているような感じ。荒事にどのくらい対処できる実力かは知らないけど、魔族というくらいだから無力ってことなさそうだしな。
「お約束の時間には少し早いですが、もうご案内させていただいてもよろしいですかナ?」
「ええ、お願いします」
「勝手ながら宿の方は押さえさせていただきましたヨ。帰りは、お送りいたしますヨ」
ヘイゼルからの報告も聞きたいので、お言葉に甘えてサーベイ商会の貴賓室に招かれることにした。
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