永遠の彼方

「いらっしゃい。町のためによく頑張ってくれたな、歓迎するよ」


 今日は中央の四人掛けテーブルをふたつ、くっつけて八人掛けの主賓席にした。ボトル入りのウィスキーとエールを並べて、好きなものを取ってもらう。


「樽入りが良ければ言ってくれ」


「それじゃ最初は、いつもの四つ頼む」


 ドワーフの四人は迷わずウィスキー。こっちのひとに“とりあえずビール”とかはない。ウィスキーが好きな奴は最初の乾杯からウィスキーだ。樽入りを三百ミリリットルハーブパイントが彼らの“いつもの”。今日は多めにパイントグラスに七割ほど入れて出す。

 獣人と人間の三人にはボトル入りのエールを選んだ。それぞれ好みが違うようだから、四種類とも並べたのは正解だったかも。揚げ物が上がるまで、ミックスナッツとポテトチップスクリスプスをデカい木椀で出す。ワイバーンを仕留めた宴会のとき、ついでに調達しといたものだ。


「食う物はすぐ出来るから、ちょっとこれ食っててくれ」


 酒杯を渡しながら言うと、怪訝そうな顔で口に放り込む。


「お、美味いな。ミーチャ、なんだこれ」


「芋の薄切りを揚げた……あのフィッシュ&チップスの、芋の方を薄切りにしたようなもんだよ」


「へえ。これもイケるな」


「そんじゃ、今日は好きなだけ飲んでくれ。町を守る壁と、壁を築いた男たちに」


「乾杯!」


 形ばかりボトル入りのエールを打ち合わせて、俺はキッチンに戻る。別のお薦めもあったのを思い出したのだ。たしか、ちょびっとずつ仕入れたお試しの酒があったはず……


「ぷっはー!」


「堪えられねえな! ミーチャ、樽入りを四つ頼む!」


 ちょ、早えぇな! 俺なら半分でも卒倒する量のウィスキーを、ドワーフたちはひと息で飲み干してしまった。飲むのは良いが、俺はまだカウンターにも着いていない。

 キッチンに向かわず樽の前に方向転換して新しいパイントグラスに注ぎ直す。ジョッキでもあれば良いのかもしれんけど、いまのところ扱いがエールのみなので調達予定はない。

 今度は、グラスに八割ほど注いでみた。トレイに並んだウィスキーは、パッと見はビターを注いだ感じに見えなくもない。


「お待たせ」


 ウィスキーとエールの追加を持っていった俺の横にエルミが並んだ。


「こっちもお待たせニャー♪」


「……ん?」


 ネコ耳娘がテーブルに置いた大皿には、フリッターが山盛りになっている。フィッシュ&チップスに雰囲気は似ているが、フィッシュでもチップスでもないのがわかったのだろう。そして、七人の飲兵衛たちは香りを嗅いだだけで酒肴として良いものだと察したようだ。揃って目が輝いた。


「ミーチャ、これは?」


「まあ、食ってみてくれ。うちの自信作、フライド・ハンマービークだ」


 各々がフォークでひとつずつかぶりつく。カシュリと衣が鳴ると、七人の目が見開かれた。


「「「ぬぉおおぉ……⁉︎」」」


「これは美味い。凄まじく美味いぞ。なんだこれ、薬草か?」


「ああ、エルフ秘伝の調合だ。美味くて、力が出る。好評なら、この味付けはうちの定番にしようと思ってる」


「良いぞ、これは良い。“うぃすきー”にもエールにも合う。俺は大いに推すぞ」


「俺もだ」


「俺も俺も」


 とかなんとか言いつつ、またドワーフたちはひと息でウィスキーを空ける。少し遅れてビター派も追随。今度はカウンターに帰る間もない。グラスと空きボトルをキッチンに下げるのはエルミに頼んで、俺はカウンターで新しいパイントグラスにウィスキーを注ぐ。

 これホント、ジョッキ要るかもしれん。


◇ ◇


「美味いなあ……ミーチャ、俺はな。俺たちは……いま楽園に生きているぞ!」


 パイントグラスのウィスキーを七、八回は空けただろうか。さすがに酔いが回ってきたらしく、爺さんはグビリと飲み干すと幸せそうに笑い出した。


「そうか。良いな、そう言えるってのは、良い人生だ」


「違う。それもこれも、お前らが来たからだ」


「来たって、酒場の主人がか?」


 仲間のクマ獣人と人狼が茶化す。全員が酔っ払ってギャハハと笑った後、爺さんだけが少し真面目な顔になった。


「たしかに、それもあるさ。ほんの最近まで、酒なんて叶うはずもない夢でしかなかったからな。でも、違うんだって。俺たちはな、探してたんだ。どいつもこいつも、待ってたんだ。いつか、見付かるんじゃないかって、思ってたんだ」


 よくわからん話になってきたな。でもドワーフたち四人が、優しい笑みで爺さんを見てる。彼らを見て、獣人と人間の三人も少しだけ背筋を伸ばす。酔っ払いの与太話かと思っていた俺は、そこで考えを改める。


「どこかに、俺たちを受け入れてくれる場所が、俺たちが故郷くにだって言える場所が、あんじゃないかってな」


 爺さんの言葉は、ちょっとばかり意外だった。

 彼らは、俺たちから見ればゲミュートリッヒの古株住人だ。言ってみりゃ彼らは既に定住の地を見付けた側で、俺たちがそこに迷い込んできた新参者だ。そう思ってた。


「あちこちから流れてきて、辿り着いたのがここだ。その頃は、魔物だらけの野原の真ん中にある、ちっぽけな小屋の寄せ集めだ。みんなで頑張って、ここまで来た。井戸も堀ったし、畑も広げた。漁に使う船も、網も作った。柵も組んで、魔物にも兵隊にも、脅かされない程度の備えもできたさ。なんとか食うには困らんところまで来て、迷い始めた。いや……」


 爺さんは笑う。


「お前らが来るまで、ずっと迷ってた」


 七人の男たちは、泣き出す寸前みたいな顔で笑う。


、ってな」

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