偉大なるウォール

「できたぞー!」


「「「おおおおぉ……!」」」


 大宴会から数日後、大喜びする声で外に出ると外壁の上でオッサンお爺ちゃんたちがダンスしているのが見えた。

 なにしてんの、あのひとたち。


「おうミーチャ! こっちじゃ! そこから上がって来るが良いぞ!」


「来るが良いのだ!」


 壁に近付いてみた俺を、ドワーフと獣人の男たちが手招きする。なんでか彼ら、どこぞの王族みたいな口調になっとる。

 梯子で登ってみると、俺も思わず感嘆の声が漏れた。


「うぉお……すッ、げえな。できたって、もうここまで完成したのか⁉︎」


 町の外周はセメントで固められた高さ三メートル幅一メートル半ほどの壁で囲われていた。まだ一部に硬化まで支える木枠が残ったままだが、ちょっとやそっとの襲撃くらいは余裕で持ち堪えられそうな頑丈さだ。

 外堀も土を固めたものからコンクリの補強が入って護岸工事後の岸壁みたいになってる。


「水はまだ引いてないが、湖の手前までの水路はできとる。嬢ちゃんの作った溜め池とも繋いである。“せめんと”が固まったら、水門を開くとするかの」


「え⁉︎ 水路まで⁉︎ 湖って、こっから二哩くらいあんだろ⁉︎」


「なーに、“じぇーしーびー”さえあれば、そんなもん容易いもんじゃ」


 バックホーローダー、だっけ。イギリスJCB社製の建設重機。そりゃ掘るのは機械で行けるだろうが、壁を組んで固めるのは人力だ。それを延々と三キロ近くも。まだ一週間と経ってない気がするんだが。


「参った。ゲミュートリッヒの技術屋さんが、ここまで優秀とは思ってなかった」


「そうじゃろそうじゃろ。ミーチャだけに美味しいところを持ってかれるわけにはいかんわ」


「いやいや、“じぇーしーびー”あってのもんだ。ここは、良いとこ引き分けだな」


「「「うはははは……ッ」」」


 ムッチャ笑ってはるでオイ。しかし、ここは素直に彼らの功績を称えよう。

 ドワーフ四人とクマ獣人、人狼と人間がひとりずつ。七人の屈強な男たちを見て、俺は何か自分のできることで称賛してあげたくなった。


「なあ、水浴びでもしたら、うちの店に来ないか?」


「ん? そりゃ、もちろん行かせてはもらうつもりだったがな」


「このところ壁と堀に付きっきりでな。しばらくご無沙汰だったんで、今日くらいはパーッと行こうかと話してたところだ」


「だったら、今日は俺が奢るよ」


「「「なにッ⁉︎」」」


 ギラン! って感じで目が光った。


「ほ、本当か⁉︎」


「ああ。好きなもんを、何杯でもな」


「「「ぬぉッ⁉︎」」」


「良い銀鱒が入ったから、フィッシュ&チップスも好きなだけ出す。前にティカ隊長からもらったハンマービークでフライドチキンも出すぞ」


 七人のマッチョメンは、蕩けるような笑顔でブンブンと頷く。

 彼らはいったん家に帰り、水浴びをして着替えた後で俺の店に来ることになった。


「それは良いですね」


 店に戻ってヘイゼルに話すと、笑いながら喜んでくれた。エルミも張り切って芋や肉魚の仕込みを始める。


「“ふぃしゃんちっぷ”は知ってるけど、“ふらいどちきん”て、なんニャ?」


「魚の代わりに、鳥の肉で作った揚げ物だ。衣は同じで良いけど、下味を付けたい。ヘイゼル、なんかスパイスがあれば……いや」


 俺の意図を読んで、ヘイゼルは笑う。


「スパイス自体はありますが、できるだけ地産地消可能地域フードシェッドの利点は生かしたいですね」


 少し店をふたりに任せて、俺は商店街の南側にある薬屋に向かう。

 エルフの母娘が経営するその店は医療用の薬も扱っているが、薬草と香草の調合もしていると聞いた。併設された喫茶店では薬草茶と干菓子と――聞いた話でヨーグルトと思われる――不思議なデザートを提供しているらしい彼女らなら、きっとスパイスの相談にも乗ってくれるだろう。


「こんちはー」


 どこか花屋のような印象の店に入ると、ふたりの女性がこちらを見た。

 母娘と聞いていたが、さすが長命のエルフだけあって見た感じは姉妹としか思えん。母親がアルケナさんで、娘がイーヴァだっけか。娘と言っても、見た目と違ってそこそこ年齢は高いという噂が……それは、まあいい。


「あら、いらっしゃいミーチャさん」


「うちの店にいらっしゃるのは珍しいですね」


「ずっと来たいと思ってたんだけど、その度に邪魔が入ってね。店の前までは何度も来てるよ。最初のときは王国軍が攻めてきた。二度目はダンジョン騒ぎだったかな」


 適当に話を振ってごまかす。来たかったのは本当だけどな。ドワーフの鍛冶屋さんにも、行きたいと思ってそのままだ。


「料理に使う香草か香辛料があれば欲しい。精がつく感じの、酒が進むやつ。俺のいたところじゃ、肉に塩とそういう香辛料を混ぜて料理するんだけど」


「肉の種類は?」


「今回はハンマービーク。好評なら定番メニューにしたいから、それほど高価じゃないものを」


 ふんふんと聞いていたエルフ母娘はあれこれ視線と身振りでコミュニケーションを取り、結論に達したらしくふたり同時に動き出した。


「これか、これね。お薦めはこっち」


「あと、これも欠かせないわ。ちょっと高価だけどこれも素晴らしいと思うの」


 ふたりのチョイスは少し方向性が違うようだ。アルケナさんと思われる美女は、粒や枝状の乾燥した香辛料。イーヴァ嬢と思われる美少女は乾燥した草や葉を出してきた。

 

「単品でも効果はあるわ。混ぜるとさらによし。肉の風味は上がるし、精力もつくわ」


「小麦粉と一緒に油で加熱するんだけど、焦げやすかったりしないかな?」


「大丈夫よ。細かく擦る必要があるならすぐできるわよ?」


「それじゃ頼む」


 魔法でも使ったのか、ほんの数分でパウダー状になったものが小さなガラスの瓶に入って出てきた。


「そういえば、この容れ物もミーチャさんのおかげだって聞いたわ」


「ん? なんで?」


 そこで思い出した。前にドワーフの若手が空き瓶を引き取ってくれたやつだ。よく見るといくつか色の違うガラスが混じってほのかなマーブル模様になってる。むしろ意図的にそうしたのか、調和が取れた美しいデザインだ。


「なるほど。すごいな、エールの瓶がこんな綺麗な容器になったんだ……」


「中身がわかるのに光を通しにくいから、薬を入れるのにはとても良いわ。ドワーフの男の子たちも自分の腕が評価されて喜んでた。あなたのおかげね」


 俺の……ではないな。どう考えても。再利用の方法なんて、何のプランもなかった。窓ガラスにでもするのかと思ってたくらいだ。それ昼でも暗いじゃん、とかアホなこと考えてた。

 とりあえず言葉を濁して会計を頼む。


「銀貨二枚。定期的な大量注文なら銀貨一枚半くらいにできると思うわ」


 今日の評判次第では、お願いすることになると伝えてお金を払う。


「それじゃ、また」


「「ありがとうございましたー」」


 パブに戻ると、ハンマービークの肉は食べやすいサイズに切り分けられ、バットに並べられていた。

 買ってきたエルフのスパイスをヘイゼルに渡して、塩と一緒に揉み込んでもらう。エルミはフィッシュ&チップスの仕込みを済ませて、肉屋から仕入れたラードを茶色い大きな広口瓶から鍋に移している。


「あ、エルミその瓶……」


「ドワーフの男の子たちが、エールのボトルを加工して作ったらしいのニャ。ちょっとだけ腐りにくい効果があるって聞いたニャ」


「薬屋でも薬入れに重宝してた。すごいな」


「この町の人たちは、みんな善良で、有能で、前向きです。ですから、わたしたちは、わたしたちのできることをしましょう」


「よし。美味い酒と料理を出すぞ!」


「「おー!」」


 張り切って身構えた俺たちに応えるように、外壁を組み上げたマッチョメンが満面の笑みで入ってきた。

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