ターキーハント

「おう、どうしたティカ、エラくご機嫌じゃな」


 嬉しそうな顔のティカ隊長を見て、カウンターのドワーフ爺さんたちが酒杯を置いた。


「そりゃそうだ。この町が発展する好機だからな。爺さんたちにも頑張ってもらうぞ?」


「好機ってぇのは、山の上で見つかったってダンジョンか?」


「ああ、鳥ばっかりだが、冒険者ギルドの買取表を調べてみたら、どれもかなり良いカネになる」


 景気の良い話を聞いた爺さんたちの顔は、微妙に曇った。


「鳥ばかりか……厄介じゃな」


「いや、ワイバーンもいるぞ?」


「そら厄介どころか悪夢じゃ」


 ドワーフもエルフも獣人も、店にいた者は揃って頭を抱える。問題は仕留められるかどうか。ダンジョンでティカ隊長から聞いた話じゃ、それ以前に生きて帰れるかどうかだ。


「なあ、ティカ隊長。長距離攻撃能力がある冒険者って、どのくらいいるんだ?」


「そうだな……弓使いか魔導師で、あそこの魔物を倒せるとなると、最低でも二級。アイルヘルン全体はどうかわからんけど、ゲミュートリッヒにはいない。サーエルバンなら二級パーティも十やそこらはいるだろうが、パーティに所属してるのは短弓持ちの斥候か治癒魔導師だ。攻撃魔法を使える前衛や中衛もいるにはいるが、多いのは火魔法……鳥に撃ったら消し炭になっちまうな。射程も飛ぶ鳥を落とすほどじゃない」


 あら、急に話がネガティブになってきた。


「ミーチャ、いつも頼って悪いとは思うがな。ここは見返りも十分に渡せる。アンタたちの力を借りられないか」


「助けるのはかまわんけど、俺は鳥を仕留められるほど射撃が上手くないぞ。エルミとヘイゼルはどうだ?」


「ヘイゼルちゃん、鳥の魔物は“すてん”で落とせるニャ?」


「小型のものなら落とせるとは思います。リー・エンフィールド装備のエルフ銃手に頼めば、大型のものも大丈夫です」


「おお!」


「ですが、ティカさんの最終目的は冒険者の誘致ですよね?」


「ゆくゆくはな。最初の内は、あたしたちだけでダンジョン内の棲息数を調整する。その間に素材で利益も上げたい」


「ティカ」


 テーブルに座ってた年配の獣人のグループが、隊長に手を挙げる。


「そのダンジョンに入るなら盾持ちが要るぞ。スクリームパロットやモスキートピジョンにたかられたら、少人数じゃ逃げられん。お前の言う通り、最低でも二級のパーティだ。素材が焦げようが消し炭になろうが、攻撃魔導師も必須だな」


 見たところリーダー格の虎獣人男性は冒険者の経験者か。


「アンタたちは一級だろう?」


「元、一級だ。いまパーティとしての戦力は良いとこ三級だな。弓使いは引退したし、魔導師は妊娠中だ。平地の四つ足ならなんとかするが、飛び回る鳥の相手は無理だ」


 これは詰んだか。肉屋で猟師のマッサさんやキルケに頼むのはどうかと訊いてみたが、戦闘職じゃないから魔物相手は荷が重いそうだ。


「困ったな。冒険者を呼べないんじゃ町おこしに使えないだろ」


「誘致の話は、いったんいといて良い。魔物を減らす方法を考えないと、ダンジョンのなかで増え過ぎて町に被害が出る」


「あッ!」


 これは無理くりサラセンを持ち込むしかないか、と思ったところでヘイゼルが急に声を上げた。

 すごく良いことを思い付いた感じの顔してるが、なぜか不安を覚える。理由はわかんないけど、なんでか嫌な予感がする。


「ミーチャさんなら、大丈夫です!」


「なにが。なんでまた、そこで俺の名前が出る」


「ダンジョンの魔物は、視力に頼らないと聞いたことがあります。魔力探知で索敵していると。わずかな例外はあっても、聴覚や嗅覚を併用しているくらいだそうです」


「そんなわけ……え? ホントに?」


「魔物が獲物を捕るときは、襲う前に相手の魔力を測るのニャ。自分より強いか弱いかすぐわかるからニャ」


「ということは……」


 魔力のない俺にはやりたい放題ってことか。そんなわけねえだろ。あんな化け物の巣に入った後で実は間違いでしたってなったら瞬殺されるわ。

 ティカ隊長に視線を向けると、事実だとばかりに頷かれた。


「あそこに限らずダンジョンは広域な上に死角が多い環境だ。視力に頼ってたら大型種やら上位種に喰われる。常在魔力で空間拡張される前は、暗闇の洞窟だったようだしな」


 ティカ隊長はテーブルの上に手帳みたいのを広げ、簡単な略図を書いて説明する。

 上空は大きく開けているが、それより下はゴツゴツした岩肌の山岳地形。……なのだけれども、実は鍾乳洞が拡張したような空間で、あちこちに起伏が多いのだそうな。


「金切り声を上げて飛び回るスクリームパロットは周囲に鳴り響いた声の反響かえりで認識してるらしいけどな。あと、血を吸う小型の鳩、モスキートピジョンは血の臭いに寄ってくるから嗅覚併用だ。死肉喰らいのレイジヴァルチャは魔力探知。人喰いで大型の走る鳥マーダーキャサワリってのがいるけど、あれとワイバーンも魔力頼りだな」


 ダンジョン内の魔物を次々に思い出しながら説明してくれるティカ隊長。


「クライムゴートは……あれも魔力探知じゃなかったかな。そもそも臆病で襲ってはこないから、捕食者から逃げるための探知だが」


 なんか俺が挑戦する流れになってるな。正直、あんまり気乗りしない。


「ミーチャ、討伐報酬も素材の買い取りも金額は最大限優遇する。それに、狩ったら肉も山ほど手に入るぞ?」


「鳥っつったって魔物だし、食えるのなんかそう多くないんだろ?」


「いや、食えないのは臭くて不潔なレイジヴァルチャくらいだ。モスキートピジョンも、生臭いが食える。他は、かなり美味いぞ?」


「……ワイバーンも?」


「ああ。あれは別格だ。強さも倒し難さもそうだけど、味も凄まじく美味いらしい」


「ええ……」


 美味いと聞いたとたんに弱気の虫が隠れ始めて、どうやって仕留めようかと考え出した。

 ダンジョン産の鳥魔物唐揚げとか、異世界っぽくて美味そうだな。


「ティカ隊長、ちなみにダンジョン内の地盤は?」


「かなり脆い。乗り物を持ち込んだら、たぶん崩れる」


 ……剥き身で挑むリスクは、既定事項のようだ。

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