ノット・パブリック
「おうミーチャ、どっかにお出かけか?」
「うん、ティカ隊長とダンジョン探索にね」
衛兵詰所から店に戻った俺は、二十席ほどの店内が半分がた埋まってるのに驚く。まだ夕方で陽も残ってるというのに、客は結構なペースで飲んでる。
それこそ、渇き切ったところに泉が湧いたみたいに。
「ヘイゼル嬢ちゃん、樽入りを銀貨一枚分頼む」
「はい」
「こっちも。それを三つだ」
「はーい」
「おお、エルミちゃん。ボトルのをもらえるかな。グラスは要らない」
「はいニャー」
帰ってきてすぐのエルミや俺も、さっそく接客に入る。そういや営業開始は日付けも時間も特にアナウンスもセレモニーもないまま、いつの間にか始まっていたな。ユルいゲミュートリッヒのユルい店だけのことはある。
次から次へとビターの栓を開けウィスキーを注ぎナッツを小皿に盛る。
「丸芋を揚げましょうか」
さすがにワンオペのなかで揚げ物は危ないので、ヘイゼルは俺たちの帰りを待っててくれたようだ。キッチンには既に細切りになった丸芋が用意されていた。
「俺がやるよ」
油の弾ける音と香りに、客がそれをくれと騒ぎ出した。ひと皿に丸芋半分で大銅貨一枚。百円くらいか。揚げたてを出すと、ビターが売れ始めた。酒を頼まれたらナッツもサービスで出す。
フィッシュ&チップスは看板メニューにするつもりだけど、今日は魚も衣も用意してない。
「樽入りを銀貨一枚」
「はいニャ」
「ウィスキーも順調に売れてるな。こっちのひとってイギリス人と趣味が合うのか?」
「それは光栄ですが、実は英国人はそれほどウィスキーを飲みません」
「え?」
「ウィスキーは酒税が高いので、“飲めない”と言った方が正しいかもしれません。消費の中心はビターなどのエール、次にワインや
「ええぇ……なんかイメージと違うな……」
「国外で喜んでいただけるのであれば、作る側としては本望でしょう」
ドワーフには樽入りウィスキーが人気だった。アルコール度数が高くキツいので、一般に広く受け入れられているのはエールの方だ。元々こっちにもある酒なので抵抗もない。
それでも消費量がほぼイコールなのは、ドワーフの飲む量が尋常じゃないせいだ。
ちなみに、うちの店ではヘイゼルの決めた英国基準で(実際には地域や店によって幅があるらしいが)ワンショット五十ミリリットル。ショットグラスに約半分だ。
一杯が大銅貨二枚、現地感覚で二百円くらい。注ぐのは目分量だし常連には多少多めにサービスもする。
最初はショットグラスで提供していたがドワーフたちのオーダーがダブル・トリプルと増え続け、すぐに彼らのオーダーが“銀貨一枚分くれ”に定着した。注文のたびに千円札を出す感じか。
ショットグラス五杯分にサービス込みで三百ミリリットル。エール用のパイントグラスに半分ちょい。酒に弱い俺からすると、致死量だ。
それを彼ら、何杯も飲む。
「うははははは……こいつは美味い。実に美味いぞ!」
「うん。あんま飲み過ぎんようにな」
ボトル入りの少しだけ良いウィスキーは、店で飲まず瓶ごと家庭に持ち帰るひとが多い。買いに来る頻度はそう高くないので、ゆっくり少しずつ楽しんでるようだ。それはそれでありがたい。
「ヘイゼルちゃん、丸芋追加ふたつニャー」
「はーい」
俺は油に向かい、ヘイゼルは早くも足りなくなってきた丸芋を手早く剥いて刻み始める。
「明日は魚も仕入れて、フィッシュ&チップスを出そう」
「はい。でもミーチャさん、オークティッカマサラも、また食べたいですね」
「そうなー。オーク肉あんまり出回らないんだよな。この際、他の肉でも良いかな。チキンに似た感じならイギリスっぽくなるだろ」
手間と時間が掛かるので、店で出すとしたらせいぜい週一くらいになりそうだ。スパイスがほとんど調達品なので、こちらに普及させるほどは作れない。
「今日入り口を見つけたダンジョンでの収穫に期待するか」
「オークがいるんですか?」
「いや、ティカ隊長によれば鳥がな……」
「おう、ミーチャ邪魔するよー」
言ってるそばから、当のティカ隊長がゴキゲン顔で入ってきた。
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