鉄馬と鳥の楽園

「「「おー」」」


 ヘイゼルが出した軍用バイク、アームストロングMT500を見た俺とエルミとついでにティカ隊長は疑問符混じりのどよめきを上げた。


「ミーチャ、なんだ、これ?」


「これも油で動く乗り物なのニャ?」


 エルミは鼻をくんくんさせてるから、モーリスやサラセンと同じくガソリンで動くのは理解したんだろう。


「うん。俺やヘイゼルのいたところで、馬代わりだった乗り物だな」


「速いのニャ?」


「さあ。スピードメーターは百まであるけど……ヘイゼル、これマイルだっけ?」


「はい。メーターは百六十キロ百マイルまでありますが、最大で百四十五キロ九十マイルくらいでしょう」


 そんだけ出せれば十分だろう。というか、こっちにはフラットな路面がないからそんな飛ばさない。

 シートが短いな。その代わりに頑丈そうなリアキャリアが付いてる。軍用だけに、ふたり乗りは想定されてないのかも。


 なんでか車体の左側にあるキックスターターを起こして始動を試みるが、これがなかなか掛からない。大汗かいてようやくスタートしたと思ったら、アイドリングが不安定で暖気に少し気を遣う。排気量500ccはデカすぎないかと思っていたが、それほど扱えない感じはない。


「……まあ、けっこう良さそうなバイクだな」


「はい。シフトペダルとブレーキペダルが正しい側ライトサイドにないことが残念ですが」


右側ライトサイドにない? ……ああ、そういうことね」


 日本車が台頭するまでモーターサイクル先進国だったイギリスでは左ブレーキ右シフトだったと聞いてはいる。多数決の世界基準に負けて廃れたけど。左側通行だと本来は右シフトの方が使いやすいのかもな。シフトチェンジするとき設地する足を歩道側に置けるから。

 英国基準の配置が正義って、お前はジェレミー・クラークソンか。


「ちょっと試しに走ってこようと思うんだけど……」


 プチツーリング先って、どこが良いんだろ?


「あたしは、もういっぺんダンジョンの入り口を探しに行きたいんだ。悪いけど、時間があるなら付き合ってくれるか?」


 俺の表情で理解したらしく、ティカ隊長が笑顔で頼んできた。初乗りにちょうど良いかと承諾する。バイクに興味津々だったエルミも乗ってみたいと言い出した。


「わたしはお店の方にいます。営業開始できるようにしておきますね」


「頼む。今日のツマミはナッツとチーズくらいで良いから」


 ヘイゼルと分かれて俺とエルミはバイクで出る。ティカ隊長は衛兵詰め所につながれてた馬だ。馬車用の大型の牽引馬ではなく騎兵用の馬。牽引馬でもモーリスくらい速かったのに、こっちは馬体がスラッとしてもっと速そう。


「こりゃバイクでも追いつけるか微妙だな」


 俺は車体を検めて、エルミの乗る場所を考える。本来ふたり乗り用にできてないのでリアシートも足置く場所もないのだ。鉄のリアキャリアにそのまま座るんでは尻が痛いだろうから、パーカーを脱いでもらってクッション代わりにする。


「近いうちに足乗せるとこ作ってもらうけど、車輪に足を巻き込まれないようにな」


「だいじょぶニャ―」


 エルミはひょいと身軽に座って、俺の背中に両手脚でひっつく。

 あら器用。古いB級映画でミッキー・ロークとヒロインがそんな乗り方してたな。


「お」


 恐る恐る走り出すと、さすがの大排気量ですごいトルク感だ。学生時代に乗ってた日本製バイクみたいに回転でパワーを稼ぐ感じはないものの、アクセルに反応して後ろから蹴られる勢いで加速する。


「すごいニャアアァ……♪」


 怒涛の加速と安定のトラクション。馬車が走れる程度の道なら何の不安もなく駆け抜ける。これは良いや。軽い上り坂を五十キロほど三十マイルちょっとで流す。ティカ隊長の馬も平気でついてくる。もう少し加速しても嬉しそうに並んできた。

 もっと飛ばせって、催促するような表情。走るのが楽しいって、全身で表現している。


「顔つきが賢そうだな。やっぱ、この子も魔物との掛け合わせなのかな~?」


「目が光ってるニャ」


 魔物ハーフの駿馬と併走するうちに、以前ハンマービークを仕留めた山の中腹まで着いた。ペースはモーリスよりずっと早い。

 駐車したバイクに馬を繋いだ俺たちは、周囲を警戒しながら探索を始める。

 あちこちで藪を掻き分ける音はするものの、ずいぶんと小さいのでブッシュビータだろう。毒牙を生やしたネズミで、俺には危険な魔物だけれども。ステンガン背負ったエルミと戦鎚抱えたティカ隊長が一緒だ。彼女らがいれば、そう大きな問題にもならんだろ。

 いまならブローニング・ハイパワーもあるしな。


「ミーチャ、あそこから獣の臭いがしてるニャ」


 早くもそれらしき開口部を発見して、エルミがこちらを振り返る。ティカ隊長は逆側に回り込んでいたらしく、こちらの視界には入っていない。


「ティカ隊長、エルミが見付けた。そこの穴じゃないのかな」


「おお、でかしたエルミ!」


 近付くと、そこは幅五メートル高さ一メートル半ほどの岩の割れ目だった。

 俺に獣の臭いまでは感じられないけど、風の流れはあるので穴が奥まで続いているのは確実だ。ちょっと様子を見ている間にも、ちょろちょろと出入りするネズミの姿があった。


「なかまで調べるニャ?」


「こんなにすぐ見付かると思ってなかったからな。ちょっとだけ見てくる。ふたりは、ここに残っててくれ」


 言い残して小柄なドワーフ娘は滑るような動きで岩の割れ目に消えて行った。ついていくべきかどうか迷うが、俺が行ったところで足手纏いにしかならん気はする。


「大丈夫ニャ。そんなに厄介な生き物の臭いはしてなかったニャ」


 エルミが言い終わるより早く、穴の奥で大量の鳥が一斉に羽ばたくような音が聞こえた。同時に甲高い金切り声も。

 ゴンと鈍い音が連続して響き、いくつか悲鳴が上がって静かになった。入っていったときと同じように、スルッと何事もなかったかのようにティカ隊長が穴から滑り出てきた。


「どうだったニャ?」


「エルミの読み通り、正解だ。穴の奥は山頂の方角にずっと続いてる。けっこう広い……というかな。どうかしてるぞ、あれ」


「「……あれ、って?」」


「この山より何倍も広い空間があった。岩山のなかなのに空も見えてた。ありゃ常在魔力で空間を作ってるな。スクリームパロットやモスキートピジョンの大群も見えたし、レイジヴァルチャの営巣地もあった。マーダーキャサワリも駆け回ってて、遥か上空の岩場にはワイバーンの群れもいた。頂上で見たのは、その一部だな」


 半分くらい初耳な獣か魔物の名前を並べて、ティカ隊長は呆れたように首を振る。


「このダンジョンの問題はな、あたしが見た限り、クライムゴート以外の大物は鳥か飛ぶ魔物ばっかだってことだ。長距離攻撃能力がない冒険者は、攻略どころか生きて出るのさえ難しいぞ?」

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