命懸けの、どんぶり勘定
「これを渡しとくぞ」
ティカ隊長は懐から小さな木の筒を出して俺の前に置く。導火線みたいのが付いてて、本体からは変な臭いがする。
「なにこれ」
「
「……ああ、わかった」
段取りを聞きながら心のなかで苦笑する。まさか単身でダンジョン攻略することになるとはな。手を貸せることがあったら言ってくれと伝えた手前、協力はするつもりだけど。
イマイチ心の準備が出来てない感じ。
「俺に入る報酬は良いとして、町にカネは落ちるのか?」
「場合によるな。素材は商品の価値だから、狩った者の取り分だ。一般に冒険者ギルドが素材を買い取るとき三割は抜くようだが、ゲミュートリッヒにギルド支部がないからな。自分でサーエルバンの市場に持ち込めば町は関与しない」
「ダメじゃん。冒険者を呼んで町興しの前に町が傾いたんじゃ意味ないだろ」
「ミーチャ、何を心配してるのか知らんが、いまのところゲミュートリッヒの財政に問題はないぞ?」
「いまは、そうかもな」
でも、このまま発展したらどんぶり勘定じゃ動かなくなるんだよ。会社でも組織でも、なあなあで済ませられるのは最大限上手くいって二桁までだ。
顔見知りで気心知れた関係だったらともかく、このまま新規流入が増えたら間違いなく破綻する。
「討伐報酬は、アイルヘルン全体の防衛予算から自治体に出る。通常は自治体がいくらか中抜きするようだが、ここじゃ受け取ったカネを貢献に応じて分配してる」
「だから、そういうとこだよ!」
「……?」
ティカ隊長、キョトンとしてるし。なんというか、やっぱユルいなゲミュートリッヒ。良いところでもあり、たぶん今後の課題でもある。
俺にも資産管理やら組織運営の才能はないから、今度サーエルバンに行ったときサーベイ商会で相談してみよう。
◇ ◇
「それでは、第一回ゲミュートリッヒ山岳ダンジョン攻略を開始する!」
「「「わあぁ……!」」」
拍手すんな。旗振んな。口笛吹くな。おいそこのドワーフ組、お前ら昼間っから酔っぱらってんだろ。
気の早いことに、翌朝に訪ねてきたティカ隊長はその日のうちに支援グループを編成してダンジョンアタックを提案してきたのだ。
暇だし肉も食べてみたいから、もう行くの自体は腹決めたけれどもさ。この町、良くも悪くも話が早過ぎるんじゃねえのか?
「ではミーチャ、あたしたちはここで待機しているからな。今回は様子見だから……そうだな、小物の群れをひとつか、大物を五羽くらい仕留めたら忌避剤を焚いてくれ」
「うへぃーい」
俺は岩の割れ目をくぐって、ダンジョンの奥に入り込む。振り返ると回収グループに回ったエルミが心配そうに手を振ってくれた。
まあ、大丈夫だろ。緊急事態への対応を考えて、ヘイゼルが実体化を解除してサポートしてくれてる。町の住人はヘイゼルが人間だと思ってるみたいなので、いまは店で留守番していることになってるが。
“問題ありませんよ。予算的には潤沢ですから、ここは思い切って駆逐してしまいましょう”
「いや、駆逐しちゃダメだろ。ダンジョンの魔物は、今後の町の財源なんだから」
“
聞いてねえ。
装備についてはヘイゼルから色々と提案されたけど、結局いまひとつ欲しいと思えるものはなかった。触ってみたい銃はあるが、それを始めたらキリがない。買ったら返品できない状態で、あれこれ入手して骨董兵器のコレクターみたいになるのも違う気がする。
「ヘイゼル、武器は少しでも使い慣れたものが良い。
“堅実な選択ですね。イレギュラーな対応に合わせて
「ああ。もし、なんかとんでもない化け物でも出てきたら借りるよ」
洞窟のような短い通路を抜けると、急に空が開けた。西部劇にでも出てきそうなゴツゴツした渓谷地帯と、雲の少ない乾いた空。ティカ隊長から聞いていた通り、岩山のなかにあるとは思えない広さの空間だった。
しばらく周囲を検分していたヘイゼルが、最適な射撃位置を見付けたと報告してきた。
“そこの大きな岩の中段まで上がって、右手の窪みを遮蔽にしましょう”
言われた通り、起伏の多い岩肌に手を掛けて登る。地表から二十メートルほどのところに岩棚があり、右手にはひとがふたり入れるくらいの窪みがあった。いわゆるタコツボ的な構造で、深さは一メートル半ほど。開口部は斜め上に向いている。
“飛ばない鳥は近付いてこれませんし、垂直の壁を背にしているので小型の群れも攻撃方向を絞れます。大型の鳥に襲われても、ワイバーンの
当のワイバーンがいる状況では安心材料にならないが、かといって他に良案があるわけでもない。
天然タコツボの壁にブレンガンを立て掛け、穴の縁に予備弾倉を五つ並べる。その隣に装填状態のステン。
「さっさと済ませて撤収しよう」
“左奥、
「見える」
頂上付近で見たのと同じ、岩肌から突き出した鳥の巣に餌を運ぶハゲワシみたいのが見えてる。距離があるので、仕留める対象にはならない。
“あの頂上付近にモスキートピジョンが巣を作っていますね。スクリームパロットは、もっと奥の森になった辺りにいるようです”
「今回どれを仕留めるのが良いと思う?」
“マーダーキャサワリですね。大きさは小柄な人間程度、動きは速く凶暴ですが、飛ばないのでいくらか狙いやすいでしょう”
「マーダーはわかるけど、キャサワリって?」
“元いた世界で近似種は、
食えるのか。飛ばないなら、ちょうどいいかもな。ただ、どこにいるのかは全く見えん。
“いまは……
「藪から追い出すのに、ちょっと撃ってみるか?」
“あッ、少し待った方が良いです。というか……しばらく隠れてた方が良いかもしれません”
「え?」
怪訝に思ったのも束の間、上空に影が差したと同時に地響きが上がる。凄まじくデカい生き物が二体、すぐ目の前に降り立った。
「……ウソだろ、おい」
最初の印象は、羽の生えたトカゲだ。ショベルカーほどもある巨体が頭を藪に突っ込んで、なにやら赤いものを食いちぎる。おそらくそれが、マーダーキャサワリという鳥なのだろう。羽の色なのか血の色なのか、深紅の細片がそこらじゅうに撒き散らかされる。
「なあ、ヘイゼル。もしかして、あれが……」
“……ええ。ワイバーンです”
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