スマッシュ&スクワッシュ

「さて、と」


 気の抜けた声を出すと、ティカ隊長は愛用の戦鎚を肩に担いでテクテクと巨鳥の前に歩み出る。シルエットこそ頭でっかちのユーモラスな姿だが、鉄槌のハンマービークと称されるだけあって太く短い首と脚、頑丈そうな嘴は凄まじい破壊力を持っていることが伺える。突進してきた勢いのまま、魔物は鋭いついばみ攻撃を繰り出してきた。


「あぶッ」


 ……ない、という声が終わらないうちに、鳥の首がグリンと三百六十度回転した。ゴィンと遅れて耳に届いた音で、戦鎚が振り抜かれたことに気付く。首が捻れたハンマービークは蹈鞴たたらを踏んで前のめりに突っ伏した。

 まさに、鎧袖一触。目にも留まらぬ戦鎚の一閃だけで、勝負は決まっていた。


「案外こいつ美味いらしいぞ。血抜きしとくから、“ふぃしゃんちっぷ”の素材に持ってかないか?」


 汗ひとつ掻かず息を弾ませもせず。ティカ隊長は仕留めた鳥に屈み込んで、首の付け根にナイフを差し込んだ。噴き出す血を避けて、それが弱まった頃に開口部へと手を突っ込む。


「良いですね。帰ったらわたしが腕を振るいましょう」


「それは楽しみだ」


 ティカ隊長はニコニコしながら、巨大なハンマービークをモーリスの後部に載せる。

 俺も手を貸したが、アホみたいに重かった。ダチョウよりデカい上に骨太肉厚なのだから当たり前だ。どれほどの肉が取れるのかわからんけど、これ体重は百キロを優に超えてる。

 つうかティカ隊長、なんでひとりで持てるんだ。ドワーフの膂力ハンパないわ……。


「見ろ」


 ティカ隊長の手には、赤い魔珠が乗せられていた。血抜きをしたときに採取したのか、大きさはソフトボールほど。レイジヴァルチャより大きい。野良の魔物ではありえないサイズなわけだ。


「ダンジョンがあることは確定だな。このまま、真っ直ぐだ」


 ハンマービークが現れた方向を指す。鬱蒼とした茂みや木々のなかを、辛うじて道らしき痕跡が通っていた。


「この道は、ひとの手によるもの? それとも、魔物や獣の通り道かな?」


「前の町長の代に、この辺りの山で山賊の討伐を行ったと聞いた。アイルヘルンの中央から衛兵を呼んで道を付けた名残じゃないのか?」


 なるほど。森を切り開いて踏み固められた跡か。その後の長い放置期間で草木が育ち、その道も森に還ろうとしているようだ。


「そのときのねぐらが、ダンジョンのになったのかもしれん。死者が多く出た場所には内的魔素オドが残留しがちだというからな」


 エルミの浄化魔法で血に汚れた手を綺麗にしてもらって、俺とティカ隊長は再びモーリスに乗り込む。

 傾斜がキツくなってくるなかを十五分ほど走ると急に視界が開けた。崖際を大きく巻いて進むようなスリリングな道で、重量のあるモーリスで踏み込むのは少し躊躇われる。


「おい、見ろ。上だ」


 反対側の崖の、頂上近く。岩肌から突き出したいくつもの鳥の巣があった。レイジヴァルチャの巣なのだろう。あまりに巨大で、距離感がおかしくなる。


「親鳥の姿はないな。ミーチャたちが殺したせいか?」


「いや、俺たち皆殺しにしたわけじゃないぞ。半分以上は逃げてったし」


「待て待て、別に責めてるわけじゃない。むしろ人的被害が出ていたら討伐対象に……あ」


 俺たちのいる側、崖の頂上を掠めて巨大な鳥が飛んできた。口に何か獲物を咥えて、それぞれの巣に運んでいく。親鳥が巣に戻ると、巣のなかの雛が小さな首を振って餌をくれとアピールし始めた。

 ぴーぴーと峡谷に響く雛の鳴き声に、俺たちはいささか微妙な気持ちになる。ここで下手に仏心を出したら、殺すとき迷いが出そうだ。


「たしか山賊のいたのは、この先にある洞穴だ。そちらを先に調べるか」


「このまま乗り入れても崩れないかな」


「大丈夫だろう。討伐のときは何度も馬車が入ったらしいからな」


 それは何十年も前なんじゃないのかな。そこから風化したりしてないのかな。

 不安に思って銃座のヘイゼルを見上げると、しばらく周囲を見渡した後でこちらを振り返った。


「大丈夫です。崖の岩肌はしっかりしています。亀裂も組成の脆弱化エンブリットルメントもありません」


 おう。なんかAIガールに断言されるとチョイ安心してしまう。脳筋隊長はいささか不服そうだが、モーリスは車輌重量が馬車の比じゃないのだと説明して納得してもらう。サラセンほどではないが三トン半はあるのだ。見た感じ崖下までは十数メートルはあるから、落ちたら……少なくとも俺は死ぬ。


「行き止まりになったらバックで戻るとか勘弁して欲しいんだが」


「問題ないです。収納して逆向きに出しますから」


 たしかに。崖っぷちの運転で、俺は少しテンパっていたようだ。こういうときヘイゼルの冷静さは助かる。

 しかし、山賊討伐のときはどうしてたんだろう。崖際の道に馬車を切り返すほどの幅はないんだが。


「ミーチャ、その先の窪んだところで停めてくれ」


 庇状になった場所に車を寄せると、ティカ隊長は降りて周囲を確認する。


「町長から聞いた話と同じだな。ここで馬車の荷を下ろして、展開させたらしい」


 なるほど、ここがターニングポイントか。たしかに丸っこくて使いやすそうなスペースだ。

 端の方に白骨が小山になっていることを除けば、だけどな。魔物の餌になったものだろう。チラッと見た感じ、人骨も混じってるのが嫌すぎる。


「すぐ戻る」


 戦鎚を担いで奥に走っていったティカ隊長は、五分ほどで戻ってきた。不思議そうな顔で首を傾げている。


「岩壁の奥にはかなり多くの魔力反応がある。ダンジョンが生まれてるのは確かだな」


「そこから入れそうか?」


「いや。山賊のねぐらは、討伐後に土魔法で塞いだ状態のままだ。なのにレイジヴァルチャだけが出てきてる、となると……」


 やれやれという顔で顎をしゃくる。


「ダンジョンの開口部は、崖の頂上うえなんじゃないかな」

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