山中探索

 ところ変わって漁師兼猟師の肉屋さんマッサエーナ肉店。再びキルケの出番だ。

 お父さんのベテラン猟師マッサさんと、地図を前にダンジョン発生地点を検討してもらっている。


「ダンジョンが生まれるにも、条件があるんだな」


 俺の素朴な疑問に、マッサさんは地図を指しながら教えてくれる。


「そうだね。まずは、外在魔素マナが溜まりやすく抜けにくい地形。そこに内的魔素オドの強い生き物が取り込まれると発生が早まる。この辺りは南と西が開けてたから心配してなかったんだけど、北側は踏み込む者もほとんどいなかったからねえ……」


 マッサさんが指したのは、北東の山脈。

 キルケによれば、そこの中腹にある崖はレイジヴァルチャの営巣地になっているらしい。


「この辺りだろうね」


 レイジヴァルチャは、元いた世界でいうハゲワシとかの類だ。彼らは屍肉喰らいだから、巣を掛けるような場所は元々その近くで大量の死体が出るような環境だったわけだ。そこでダンジョンが生まれたことにより魔物が変化したのか、あるいはダンジョン派生種に取って変わられたか、なんにせよゲミュートリッヒの北東部で凶暴化した変種が現れたと。


「他の魔物も、凶暴なのが現れるニャ?」


 エルミの疑問に、ティカ隊長が息を吐く。


「きっと、もう現れてるさ。たまたまレイジヴァルチャが、最初に見付かっただけだろう。鳥しかいないダンジョンなんて聞いたことがないしな」


 翼長四メートルとかのレイジヴァルチャが棲息するダンジョンだとしたら、規模は最低でも直径数哩はある。そんなもん山脈のなかに収まるもんなのか。空間魔法的なもので無理やりに拡張された異次元空間か。

 俺なんかは思わずワクワクしてしまうが、ティカ隊長はゲンナリ顔だ。そらそうだ、彼女は責任上、攻略とまでは言わないけど調査はしなきゃいけないんだから。


「ダンジョンの許容量を超えてマナの氾濫が起きれば、そんな魔物が群れをなして溢れ出す。その前に少しでも減らしておきたい」


 そういうのは冒険者の仕事だけど、ゲミュートリッヒには生業の冒険者がいない。上級冒険者に頼もうにも、ギルドがないため正式な依頼を出せない。いずれアイルヘルンの冒険者ギルドに働きかけて町に支部を作るとして、ダンジョンの規模や危険度の情報が必要になる。

 本末転倒だが、冒険者を動員する体制作りのために冒険者なしでの調査が必要になる。


「とりあえず、状態だけでも確認してくるか。衛兵隊は残してくから、王国側に動きがあったら有事の対処は副長のソエルに従え」


 馬に向かおうとしたティカ隊長を止める。やっぱり、ここで知らん顔はできんわな。ちょっと見てみたい野次馬根性も含めて。


「そこまで道が通ってるなら、車で行こう。どんな魔物がいるかわからんし」


「ヘイゼルちゃんとウチも行くニャ♪」


「すまん、助かる」


 狭くて脆い山道のようなので、装輪装甲車のサラセンは無理だろう。行けるとこまでモーリスで行って、無理ならそこで考えよう。

 車を停めていた正門のところで、ティカ隊長は馬を部下の衛兵に渡して留守中の指示を出す。非常事態への対処は想定されていたらしく、大きな混乱もなく引き継ぎは数分で済まされた。


「では頼む。そこを出て左だ」


 正門を出て東に向かう。町の東側を迂回しながら北へ。サーベイさんを見送った方向だ。


「サーベイさんたちは大丈夫かな?」


「彼らは東に向かう道だ。その先で分かれる」


 山間部に入る前で、道は二股に分かれていた。広くてフラットな道は東へ。そして俺たちが向かう方は北側の山中へ。獣道よりもいくぶんマシ程度な、狭くて荒れた道だ。

 両側には藪が広がり木々が生い茂っていて、視界が悪い。綺麗な風景ではあるが、魔物や獣が生息しているとわかっているいまは、あまり好んで行きたくない。

 ここはモーリスの頑張りに掛かっているな。


「思ったより緑が濃いですね」


 ヘイゼルが銃座で言った。町からは岩山っぽく見えていたのに、踏み込むとかなり鬱蒼と茂っている。

 見通せる距離がここまで狭いと、銃の利点が生かせない。


「拳銃弾は、密度のある草木に当たると軌道が変わるので注意してください」


「わかったニャ」


 拳銃弾の限界は理解した。とはいえ小銃を持ち出すわけにもいかない。ここは取り回しが良くて弾幕を張れるステンガンに頼るしかないのだ。ヘイゼルからは散弾銃を調達しようかとも言われたが、ぶっつけ本番で新しい武器を使うのはやめておいた。


「ミーチャ。今回は、あくまでも調査だ。魔物を倒す必要はない」


「それは、わかってるけどさ。向こうが理解してくれるとは思えないんだよな」


 その言葉通り、すぐに藪を掻き分けて迫る大きな影が見えてきた。

 モーリスを停車させ、ステンガンを持って降りようとした俺をティカ隊長が止める。


「最初は、あたしが出る。アンタらの武器は、できるだけ使うな」


「なんでだよ、離れた場所から撃った方が安全だろ」


「そいつの音は大き過ぎるし、響き過ぎる。周囲の生き物を一斉に警戒させる。それで逃げるならまだ良いが、気の立った魔物は向かってくるぞ」


 近付くものの姿は見えてきたが、俺には何なのかはわからない。

 外見は、巨大な鳥だ。サイズはダチョウ以上で、頭までの高さは優に二メートルを超えてる。首も頭も嘴も大きくゴツいので、なんでかシルエットはユーモラスに見える。それも他人事としてみれば、だな。巨大な嘴も蹴爪も、ひと振りで楽に人を殺せそうだ。


「……くそッ、ありゃハンマービークだ。まったく、笑えてくるな。もしかしたら、この先にあるのは鳥だけのダンジョンかもしれんぞ」

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