未踏の危地

「ダンジョンかぁ……」


 町に戻った俺たちの報告を聞いて、ティカ隊長は非常に微妙な顔をした。

 苦虫を噛み潰しているようにも見えるし、苦笑いを堪えているようにも見える。


「そんなに面倒な問題なのか?」


 俺は念のため確認してみるが、頷くでもなく首を振るでもなく、困り顔で首を傾げられた。


「そうでもない。正確には、“厄介だが良い面もある”だな。もしダンジョンの発生が事実なら、町が栄える」


「ダンジョンで?」


「ああ。ダンジョン産の魔物は魔珠がデカい。換金価値があるから、冒険者ギルドも支部を出す。冒険者が集まって、カネを落とす。カネの匂いを嗅ぎつけた商人も集まる」


「厄介なのは?」


「治安が悪化する。新規流入してくる住人も商人も、数は増えるが質は落ちる。特にダンジョン目当ての冒険者は、ほとんどが一攫千金のロクデナシだ。さらに言えば辺境の新規支部に回されるようなギルド職員もな」


 俺たちは記憶をたどり、“あー”って顔で目を見合わせる。

 それだけで理解したのだろう。ティカ隊長は楽しそうに笑った。


「エーデルバーデンは、ダンジョンで荒れた町の典型だな。あそこは他の問題も山ほどあるから、必ずしもウチがああなるって話じゃないが」


「ティカ隊長。ダンジョンがあるというのは、わたしの推測でしかありません。近くの山まで確認しに行きましょうか?」


「もし調査に行くなら、そのときは衛兵隊を出すよ。その前に、どのくらいの可能性なのかを確認しとこう」


 ティカ隊長は、そう言って部下の引いてきた馬に飛び乗る。

 王国軍から奪った立派な軍馬だ。小柄な彼女が乗ると実際以上に巨大に見える。


「ミーチャたちは、馬は乗れるか?」


「ウチは、乗ったことないニャ」


「俺も同じく」


「わたしも、馬とはあまり相性が良くないです」


 わしら乗馬的には、揃ってダメダメですな。素直にモーリスでついてくことにした。キルケは戦闘職じゃないので町に残る。今日は湖での銀鱒漁を中止して鳥でも仕留めるのだそうな。


「それを言ったら俺も戦闘職じゃないんだけどな」


 運転席の窓から聞こえたのだろう、ティカ隊長が馬の上で笑う。


「面白い冗談だ。王国軍遠征部隊を壊滅させた男が戦闘職じゃないなら、あたしも戦闘職じゃないな」


 俺が壊滅させたというのは、かなり語弊がある。銃と装甲車の力だけで勝ってるから、どうにもリアクションしにくい。

 俺ツエーじゃないのだ。あえて言えば、“ヘイゼルすげー”もしくは“ブリテンえげつねー”といったところか。


「ところで、どこに向かってる?」


「湖だ。レイジヴァルチャの死骸が、まだ浮いてると良いがな」


 馬の速度を上げて、ティカ隊長は湖に走ってゆく。死骸を確認してどうするのか知らんが、どうせなら最後まで見届けようと俺もアクセルを踏み込む。


 再び湖畔まで車を乗り入れ、ボートが係留されたあたりで馬を降りたティカ隊長と合流する。ちょうど一羽の死骸が水辺の岩に引っ掛かってたので、みんなで引き寄せて岸に揚げた。

 ティカ隊長は腰のナイフを抜くと、慣れた手付きでサクサクと解剖し始める。デロリと露出した臓物を選り分けて、いくつか脇にどけた。


「ダンジョン産の魔物は魔珠がデカい。ダンジョンの内部と周辺は外在魔素マナが濃いからな。というより、マナが淀んだ溜まりがダンジョンになるって話だ」


「それは、外にいるレイジヴァルチャの魔珠と、見てわかるくらい違うのか?」


「ああ。ヘイゼルの読みで正解だな。ほら見ろ」


 おそらく心臓と思われる臓器から、真紅のグラデーションが入った黒曜石みたいのが出てきた。話の流れでいうと、これが魔珠なんだろう。大きさは、野球ボールくらい。


「野良のは、こんくらいだ。色も、もっとくすんでる」


 左手でOKのサインを示していたから、本来はピンポン球より少し小さいくらいか。見りゃわかるわけね。


「さて、町に戻って報告と調査部隊の編成だ。ミーチャたちも参加してくれないか?」


「ダンジョン調査にか。興味はあるけど無理だな。ダンジョンとか、全く経験がない」


「発生したての未踏ダンジョンとなれば、まだ危険度も未知数だ。安全を考えると冒険者でも二級以上に参加してほしい。ゲミュートリッヒにそんなのは引退した爺さんしかないんだよ。アンタたち新入り組に手を貸してもらいたい」


「エルミはその二級冒険者だけど、俺もヘイゼルも冒険者の登録さえしてないぞ?」


「待て待て。二級ってのは、わかりやすい基準として話しただけだ。ライセンス自体を気にしてるわけじゃない。一級や特級でもアンタらに勝てる冒険者なんかいるもんか」


 やっぱ、基本的なところで誤解がある気がする。

 ヘイゼルとエルミはともかく、俺はいままで装甲車に乗って安全圏から銃を撃ってただけだ。文明の利器で切り抜けられてきたけど、生身の身体でダンジョンアタックなんかしたら普通に死ぬわ。


「ミーチャさん、大丈夫ですよ」


「ヘイゼルちゃんもこう言ってるし、大丈夫ニャ♪」


 いや、ぜったい大丈夫じゃねえよ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る