クライム&クライム

「なあ、隊長。ハンマービークは、どっから出てきたんだろうな。あんな大物が出られるなら、他の魔物も出られると思うんだが」


 俺の疑問に、ティカ隊長は首を振る。


「さあな。入り口を調べれば、何かわかるかもしれん。出てきた理由がわかれば、出てこないようにする方法も考えられるだろう」


 そうね。わりと他人事のように考えていたせいか忘れかけてたけど、いま為すべきはダンジョンや魔物の謎解きじゃなく、町に被害を出さないための対処だ。


「ウチが偵察してくるニャ!」


 上に登る道の調査は、エルミが買って出てくれた。俺たちはモーリスを拠点にして布陣する。こと偵察能力に関しては、身が軽く俊敏な猫獣人に敵う種族はいない。獣人の基準で言えばエルミは戦闘能力は低いようだが、装填済みのステンガンを持たせてある。

 銃声で魔物を呼ぶとしても、危険があれば迷わず使うように伝えた。


「はいニャ♪」


 軽い返答とともに、エルミはあっという間に藪のなかへと消えた。こちらは対面の崖にいるレイジヴァルチャの群れに動きはない。餌を与えるのに忙しくて興味がないのかもしれない。


「ミーチャたちが助けてくれなければ、キルケも、あいつらの餌になってたかもしれんな」


 巣を見上げていたティカ隊長は、ポソッと恐ろしいことを言う。でもまあ、事実なんだろう。さっき咥えていたのはドラゴノボアか藪猪か、豚っぽい姿の獣だった。パッと見でもキルケよりデカいし、重い。


「お待たせニャー」


 駆けてきたエルミが嬉しそうに尻尾を振る。


「おお、早いな。どうだった?」


「登れそうなとこ見付けたニャ。この先をもう少し行くと、坂道になってたのニャ」


◇ ◇


「坂道……か?」


 期待半分で車で進んではみたものの、崖より幾分マシ程度の急勾配だ。四つん這いでしがみついたら登れなくはない、が……当然ながらモーリスは使えない。途中で襲われたら銃を扱うのも難しい。


「モーリスは仕舞います。登ってみましょう」


「おう」


「あ、ちょッ……」


 俺以外のガールズはハイキングでもしているように手もつかずスイスイと登ってく。おっかなびっくり腰が引けてるのは俺だけだ。俺からするとロッククライミングに近い登攀なので、無茶言うなって話なんだが。

 これ、やっぱヘイゼルとの契約で銃器を手に入れられなかったら、ゴブリン以下の役立たず中年だったな。


「ミーチャ、遅かったニャー?」


 ようやく崖の上まで来た俺は、あまりの光景に息を呑んだ。

 北東側から登ったので、いま見てる方向は南西だ。左手は断崖絶壁。少し低い位置に、レイジヴァルチャが巣を掛けた崖が見える。その奥に見えてる山脈がサーベイさんたちの向かった東行きのルートなんだろう。

 正面には俺たちが車で登ってきた道。そして、右手に広がるのは一面の平原。いつの間にやらずいぶんと登っていたらしく、麓との高度差は七、八百メートルくらいありそうだ。

 緑の濃淡が続く只中に、ポツンと置かれた小さな矩形が見えた。


「あれが、ゲミュートリッヒ?」


「ああ。こう見ると、ずいぶん小さいな」


 小さいのは、まあいい。右手前に見える湖とほぼ隣接した町並みは、鳥瞰視点で見ると実に魅力的な……


 ――餌場だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る