饗宴
「こ、これは……!」
グビリとウィスキーを飲んだサーベイさんは、唸り声を上げて天を見上げた。
そのまま静かに息を吐き、芳香を楽しむように目をつぶって笑みを浮かべる。
そんなにか。
「こ、これは……!」
その横でティカ隊長は、鼻先をぶん殴られたような表情で顔をしかめる。お酒飲まないのに皿に出したブルーチーズを食べたのね。そらチャウチャウみたいな顔にもなる。
「こぇ、
「
ヘイゼルの説明に、今度はサーベイさんが小片を口に入れる。フムフム顔なのは発酵食品に抵抗がないのかティカ隊長のリアクションで心構えができているからか。
しばらく味わった後で、チビリとウィスキーを傾ける。
「ほおおおぉ、これはこれは……!」
小太り商人氏、さっきから“これは”しか言うてないですな。
護衛の人狼三人は首を傾げて見ているだけだ。みんな私服っぽい格好なので酒を勧めたら、断られた。いざというとき鈍るから警護対象と一緒のときは飲まないのだそうな。偉い。
改めて自己紹介されたが、双剣持ちのクール系美女がマイファさん。中肉中背の長剣持ちがセバルさんで、マッチョな大剣持ちがダエルさんだ。
出会ったときは、ゴブリンの群れ相手に手槍で戦ってたっけな。
「これは、ヘイゼル殿のお国の酒なのですかナ?」
「はい。後ほど大衆向けのものもお持ちしますが、そちらは味のわかる方にお勧めのものです」
サーベイ氏は満足げに頷きながら酒瓶を見る。
こっちのひとに英語は読めんと思うが、ボトルの材質やラベルデザインに感心している。
「お待たせニャー」
キッチンから第一弾のフィッシュ&チップスが届けられた。
肉屋で調達した
「「「美味しそぉ……♪」」」
護衛の三人が目の色を変える。さっきから良い匂いだとウズウズしてたから、香りの正体が現れてテンションが爆上げしたようだ。
特にマイファ姐さんは、期待で目がキラキラしてる。
「ねえねえ、エルミちゃん、これなに? なに?」
「
「「……ッん、まあぁッ!」」
かぶりついた姐さんは無言で顔を綻ばせ、男性陣は唸りながら身悶えしている。
うん。わかる。俺も味見のとき同じリアクションだった。
フワッとカリッと香ばしく揚がった衣を噛むと、なかからジューシーな銀鱒の旨味が押し寄せるのだ。
本場イギリスではどうだか知らんけど、このフィッシュ&チップスはムチャクチャに美味い。
「へぇ……香りは、たしかに銀鱒だけどな。すっごい香ばしい脂の……」
「これ、
「そうニャ♪」
さすが人狼。脂の香りだけで素材がわかるか。
エルミがキッチンに入って、小皿に盛られた粒状スナックみたいのを持ってくる。
「これが脂を採った後のカリカリで、こっちが“ふぃしゃんちっぷ”のカリカリなのニャ」
ネコ耳娘がカリカリて、と思わんでもないが実際カリカリとしか呼びようはない。スパイス入りの塩が掛けてあって、これが酒のつまみにピッタリなのだ。
俺はあんまり飲めんけどな。
「これも、素晴らしいヨ……! 銀鱒の美味しさをギューッと閉じ込めて、一気に爆発させたみたいだヨ!」
ナイフとフォークで上品に食べているサーベイ氏、コメントはグルメリポーターみたいになってる。
揚げ物にはこちらを、といって
このパイントグラス、下が少しすぼまってて、ジョッキよりもクラシカルな感じがイギリスっぽい。
「むふふぅ……♪」
しばし香りを楽しんだ後、ごくごくと飲んだサーベイ氏は幸せそうに笑いだした。
「こんな芳しいエールがあったんだネ……? 濃厚で繊細な味わいが、蕩けるようだヨ」
「それもヘイゼルの国で作ってるエールですね。俺は、まだこちらのエールを飲んでないので違いはわからないですが」
「アイルヘルンのエールも、ほとんど同じものだヨ。素材も製法も、きっと大きくは変わらないネ。ただ、質が違うヨ。少しずつの違いが積み上がって、天と地ほどの差になってるヨ」
「この芋も美味い……」
フィッシュ&チップスは護衛の三人に好評で、パクパクと食べてくれてる。エルミに追加の芋と切り身を買ってきてもらって正解だった。レモンとタルタルソースも添えて出すとサクサクいくらでも入りそうな感じで、みんなのお腹にどんどん消えてゆく。
「このカリカリ美味いな。食べだすと止まらん」
「この脂のも、どっちも美味しいわね」
三種類のチーズと四種類のエール、そして最初に出したグレンドロナックの他に普及品のウィスキーを二種類を出して、サーベイさんに感想を聞いた。
「どれもこれも素晴らしくて、困っちゃうヨ……」
彼はニコニコと幸せそうに味わい、個人的感想と商人的意見を話してくれた。
「まず大変に申し訳ないけれども、最初の“うぃすき”はダメだネ。本当に天にも昇る味わいだけど、あまりに素晴らしすぎて売れないヨ。王侯貴族ならともかく、アイルヘルンにそういう需要はないヨ」
なるほど。
贈答用といっても、この国は地位が上がるほど贈収賄にうるさいから難しいのだとか。
「この樽入りの“うぃすき”は、すっごく良いネ。香りも味わいもほのかな甘みも、着慣れた服みたいに優しいヨ」
樽入りウィスキーは普段遣いに最適。もうひとつ銘柄違いで仕入れた瓶入りのウィスキーは味わいにも香りにも“ちょっとだけの余所行き感”があって、庶民のとっておきにピッタリらしい。
そのあたりの勘所をスッと読んでくるあたりは敏腕商人ならではか。
「勉強になります」
「いいえ、つまりヘイゼル殿の選択眼が的確ってことですヨ」
たしかに、有能メイドのチョイスの妙というのもある。俺が適当に買ったら単に値段だけで決めてたかも。それでは種類を増やす意味がないのだ。
一方、ビターに関してはそれぞれ意見が分かれて悩みに悩んだ。
いつの間にやらティカ隊長と護衛のふたり(大剣持ちダエルさんだけは酒が弱いので辞退)もエールくらいはと控えめに飲み始め、このチーズにはこれ、フィッシュ&チップスにはこれ、いやいやこいつはツマミなしで飲むに限ると喧喧囂囂の議論があったのだ。
結局のところ四種類の銘柄の差は良し悪しではなく、個人の好みと酒肴とのマッチングでしかないという結論に落ち着いた。
その頃には既にかなりの量を飲んでいたため、サーベイ氏は良い感じに酔っぱらって敏腕商人から“ニコニコしたおじさん”になっていたが。
「では、ここで我が英国が誇る料理を」
いや、それイギリス……うん、広い意味ではそうね。
ヘイゼル渾身の作その二がテーブルに運ばれてきた。
「ヘイゼル殿、これは?」
「オークティッカマサラです」
イギリスで国民食になってるのは“チキンティッカマサラ”だけどな。
要するに、スパイスとヨーグルトに漬けて焼窯で焼いた肉を、カレーソースで煮込んだ料理だ。スパイスはふんだんに使われているが、さほど辛いものではなくトマトとクリームでマイルドかつ深みのある味わいだ。
具がゴロゴロしたカレーに、ライスはなかったのでクマパンさんの平焼きパンを付けた。
「オーク肉? これが? 美味いとは聞いているが、食べる機会はなかったな」
素面の護衛ダエルさんが、待ってましたとばかりに木匙を持った。すくい上げた大きな肉にかぶりつくと、むふんと悩まし気な吐息を漏らす。
なんすか、そのマニアックなリアクション。
「やあらかぃッ」
そう。オークの旨さを損なわないために大ぶりの塊ではあるけれども、圧力鍋で煮込まれてほろりと崩れるのだ。ビバ文明の利器。ちょっとズルとも思わんではないが、今回は時間が限られていたのでアリとしよう。
「この肉、香ばしくて美味しい。口の中でホロホロッと崩れるの」
「おおぅ、このソースが、また……」
みんなうっとり静かに食べてるけど、特にティカ隊長。さっきから全くしゃべってない。モッキュモッキュと幸せそうに頬張っては頷くだけだ。
クチにカレーついてますが……って、ああ袖で拭いたらイカンて!
君らの服はほとんど生成りなのに。カレーのシミの頑固さを知らんこの世界のひとは恐いもの知らずだな。
「しぁわせぇ……♪」
出会ってこの方、いっぺんも聞いたことがない蕩けた声で、ティカ隊長はにんまりと微笑んだ。
みなさんも満足げに頷いているし。うむ、本日の食事会は大成功と言えるだろう。
「みなさん、食後にお茶と甘いものは……」
「「要るぅッ!」」
女性陣から、かなり食い気味に答えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます