おもてなし
「……美味いな。単純なのに力強くて、素材の味が強く出てる。これは、実に美味い」
フィッシュ&チップス、ティカ隊長も大絶賛である。第一弾で揚げ上がりと味の確認ができたので、招待ディナーのメニューとして決定された。
手の空いてたエルミにお使いに出てもらい、サーベイさんと護衛の三人には、こちらに来てもらえることになった。招待するつもりが逆に接待されることになって恐縮していたというけど、こちらとしても意見をもらえた方がありがたい。
招待は
「なんにしようかな……ティカ隊長って、好き嫌いとかないのか?」
「美味いものは好きだがな。嫌いなものはない。ゲミュートリッヒに限らず、アイルヘルンの奴らは食い物を選り好みするほど贅沢な暮らしはしてないぞ?」
そんなもんかね。この町に来て食べたものはどれも美味かったから、みんな舌が肥えてるのかと思った。いまでこそ農作物が潤沢に出回るようになったけど、それまでは狩猟採取の結果と旬に左右されていたので、野山の恵みが乏しい時期はなかなかにハードだったらしい。
「それじゃ、また後でな」
ティカ隊長はまだ少し仕事があるらしく、味見をしただけで衛兵詰め所に戻っていった。
「悪いな、ヘイゼル。急な話に巻き込んで」
「かまいませんよ。今後のビジネスに関わる方ですから、招待したのは正解だと思います。我らが
「……え、なにそれ初耳」
さっきは大好評だったとはいえ、フィッシュ&チップスだけで歓迎するのも寂しい。エルミには追加の食材購入に向かってもらう。必要なのは、主に生鮮野菜だ。
基本的にこの店は地産地消路線で進める方針だが、今夜ばかりはDSDにストックされていた食材も活用する。クラッカーやジャム、チョコやナッツ類、お茶やミネラルウォーター、真空パックのチーズと……
「シレッとマーマイトを出すな。戻せ」
「えー」
英国文化圏で定番の
少なくとも、初見の来客に出すもんではない。
「仕込みが短時間で済むとなれば、これでしょう」
「カレーか。美味いよな。イギリス料理かと言われると疑問も残るけど」
「もはやブリテンの標準食です」
わかる。日本人が大好きな国民食のカレーも、元はイギリス経由だもんな。日本人の口には、むしろインドカレーより合うかもしれない。
ヘイゼルがいくつか、カレーパウダーとペーストを選んでくれた。肉はエーデルバーデンで仕留めたオーク肉の残りを使おう。野菜はエルミに買って来てもらうので、肉の仕込みだけ先に進めておく。
「あとはチーズです。レッドレスターは用意しましたし、DSDの在庫にグロスターとスティルトンがあったはずです。これとウィスキーがあれば万全です」
「知らん名前ばかりだな。でもスティルトン……って、たしかブルーチーズだろ? クセが強いと思うんだが、大丈夫なのか?」
「全く問題ありません。世界中の美食家を唸らせて来た逸品です。合わせるウィスキーは……ミーチャさん、一本だけ少し良いものを購入してもらえませんか」
あまり酒を飲まない俺には判断できないが、ヘイゼルが間違いないというスコットランドのシングルモルト、グレンドロナックを購入。
値段はDSD経由で
「お待たせニャー」
「おお、ありがとう助かった」
買い物に出ていたエルミが帰って来た。調達してもらった野菜を剥いて刻んで鍋に入れ、残りは仕込みを済ませてキッチンに用意しておく。あとは煮込みや最終調理くらいで行けそうだ。
ヘイゼルも店にあった焼き窯の温度を見ながら、いくつか素材を仕込んでいる。
「なんか
薬草と香草を鍋に投入しながら、エルミが楽しそうに笑う。
「まあ、結果オーライだろ。この国の商人の意見も聞けるし、ティカ隊長にもリサーチできる」
「この国……ということは、ミーチャさんはゲミュートリッヒの先を考えてるんですか?」
言われて気付いた。それは意識してなかったな。他の町にも行ってみたい、くらいのことは思ってるが、この町を離れて長旅を始めるほどの意欲はない。
社畜時代の癖で、あんまり先のことは考えないようにしてるしな。
「楽しく暮らせればいいと思ってる。そのためなら、場所はどこでもいい」
「ウチもニャ。でも、この町も好きなのニャ♪」
そう言って、エルミは笑う。彼女にとって……いや、エーデルバーデンを逃れてきたみんなにとって、ここはようやく見付けた安息の地だ。
「俺も、この町は好きだな」
どのみち俺には、もう帰る場所はない。行くべき場所も見付かっていない。だったら、ここでの平和な暮らしを守る。それを、最初の目的にしよう。
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