トゥ・ザ・ティップス

 八百屋さん。昨日の昼ご飯に入ったところだ。


 ズンズンと入ってくヘイゼルは妙に張り切っている。ブリテンメイドにとってフィッシュ&チップスはそんなに重要な問題なのか。


「すみません、お芋をください」


「はいよー」


 並んでいる芋は三種類。どれもジャガイモっぽいような、ぽくないような。


「これが粘りのある長芋、こっちが大きくてホクホクした丸芋、そっちのが小さくてモチモチした平芋だよ」


「昨日の温野菜に入っていたのは、丸芋ですか?」


「そうだね。それがいちばんクセがなくて、なんにでも使いやすいよ」


 ソフトボールくらいある丸芋を五個購入。支払いは俺だけど、大銅貨一枚と安かった。もしかしたら大銅貨=百円という俺の概算が現地の実情とズレてるのかもしれん。

 店に戻る直前にワーフリさんの雑貨店ドライグッズで小麦の粉を購入。ちなみに、麦を挽くのは向かいの実家で行っているのだそうな。製粉設備があるとは思えんから、文字通りの自宅作業なんだろうな。


「それは、石臼で?」


「はい。パン屋ですから」


 たしかにワーフリさんのお父さんクマ獣人で力持ちっぽいけど、パン屋が自分で製粉までするって大変そうだ。ありがたく使わせてもらおう。


◇ ◇


 自宅兼店舗に戻った俺たちは、ヘイゼルの指示で素材をキッチンに並べる。


「さて、とりあえず素材は揃いました。これが栄光への第一歩です!」


「……そんなにか」


「ヘイゼルちゃん、すっごい張り切ってるのニャ♪」


 本日最大のミッションは、三人で協力してフィッシュ&チップスを完成させること。なんか他にもっと大事なことあんだろうと思わんでもないけれども。勢いに押されて、そういうことになった。

 最初にして最大の難所、脂づくりは俺の担当。昨日購入した大鍋に水と微塵切りにした藪猪の脂身を入れ、ゆっくり加熱してゆく。


「フィッシュ&チップスって、豚脂ラードで揚げるのか?」


「現代では植物油が多いですね。健康志向の勘違い客がうるさいですから」


 あら辛辣。でもイギリスの伝統的製法では、ラードか牛脂ヘットを使うのだそうな。

 本当かどうかは知らん。俺は本場のフィッシュ&チップスなんて食ったことないし。

 俺が脂を煮出している間に、エルミは芋の皮を剥いて棒状に切っていた。手先が器用なのか作業はサクサクと進んで、ザルの上に細切り芋が山のようになっている。


 ヘイゼルは銀鱒の身を切って塩胡椒を振り、ボウルに小麦粉と水とエールを混ぜて衣の準備を始めた。


「ブリテンでは安いのでタラコッドコダラハドックを使うことが多いですが、カレイプレイスも人気です。マス トラウトでも絶対に美味しいですよ」


 脂の精製には意外と時間がかかった。小一時間ほどじっくり加熱すると、大鍋に三分の一ほどの油ができた。カリカリになった脂肪の揚げカスは焦げないうちに引き上げて、脂を切る。

 香ばしい匂いがして、蕎麦やうどんに入れる天かす、いわゆる揚げ玉みたいだ。


「なんかこれも旨そうだな」


「美味しいですよ。スパイスと塩でおつまみになります。魚を揚げた衣の細かい粒も、“スクラップス”といって人気なんです」


 そっちは、まさに天かすだな。


「では、参ります!」


 完成したばかりの油を前に、ヘイゼルがマスの身を構えて高らかに宣言する。

 お前、いままでそんなに真剣だったことないと思うんだけど。どうなの、それ。

 シュワシュワと揚がってゆく魚と衣の香りに、エルミがヘニョッとした顔を見せる。


「良い匂いなのニャ……」


 メイドだからかブリテンだからか、ヘイゼルの手際は良く、揚げ上がりの判断もしっかりしているようだ。

 購入したマスの四分の一、だいたい一匹の半分ほど揚げたところで芋を投入。こちらはかなり適当にドバッと入れる。


「お芋は、魚の後なのニャ?」


「はい。魚の旨味が溶けた状態でこそ、揚げ芋ティップスの旨さが引き立つのです」


 天ぷら職人みたいな顔でトングを構えながら、ヘイゼルが厳かに告げる。


「うぉーいミーチャ……って、なんだこの良い匂い!」


「お、どうしたティカ隊長。酒でも飲みに?」


「まだ仕事終わってないし、仕事終わりに酒飲む趣味もないよ。サーベイさんが明日の朝に立つから、お礼の食事に招待したいんだってさ」


「俺たちを?」


「そう、アンタら三人と、あたしもだ。朝から探してたんだけど、なかなか捕まんなかったってさ」


 町の外に出て穴掘りとかもしてたからな。すれ違うこともある。

 ティカ隊長はくんと小さく鼻を鳴らして、困った顔で首を振る。


「もう夕食の準備をしちまってたみたいだな。すまん」


「謝られるほどでもないですが……これは、ちょっと外せない儀式みたいなものなので」


 英国的な。俺だって久しぶりの炊きたてご飯が目の前にあったら、ちょっとやそっとじゃ譲れない。

 でも、明日の朝に出発となれば会食の機会はないな。ヘイゼルとエルミに目をやると、鍋を気にしながらも頷いてくれた。


「サーベイさんたちに、ここまで来てもらうことは可能かな? 俺たちの商売を、見てもらおうと思ってさ」

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